塚田賞作品の魅力(12)(近代将棋昭和53年6月号)②
今回は第21期の受賞作を掲載します。
短篇賞 柏川悦夫
中篇賞 山田修司
長篇賞 田中輝和
昭和38年1~6月号
このころ、先輩達の各氏による古今の名作紹介の読物が盛んに掲載されました。
北原義治氏の「詰将棋オリンピック」(37年1月号)、清水孝晏氏の「曲詰への招待」(37年4~9月号)、一杉亭棋人氏の「おもしろい詰将棋」(37年6月~38年12月号)、村山隆治氏の「詰将棋さ、え、ら」(38年6月号)などです。
これら、詰将棋の面白さを教えてくれる読物や、岡田敏氏のシリーズ曲詰「麻雀詰」(38年5月号)のような楽しい企画に啓発されて、愛好者の層はますます拡がって行きました。
短篇賞 柏川悦夫作

柏川悦夫作(38年3月号)
1四金 同玉 1一飛 1二桂合 同飛成 2四玉 3三銀 同玉 2五桂 2四玉
1三竜まで11手詰
塚田九段「形がさらっとしており、手順も1二桂合という高級手筋が自然におりこまれ後半3三銀でしめているあたり、文句のつけようがない」
1四金捨の軽手に始まり、1一飛の”ミニ遠打”と、これに対する1二桂の中合による応戦が本局の主題。これは、3三玉の形になったときに3一飛成を防ぐ意味です。桂以外の駒の中合いはきれいに割りきれていて、かつまた、3五角がこの桂を有効に活用させて収束させるためのさり気ない配置になっておるあたり、さすがです。
一作ごとに新鮮な手順な手順で、しかも推敲の行き届いた珠玉の作品を発表して来られた作者ですが、塚田賞は立体曲詰の名作「二上」で第一回(28年上期)に特技賞を受賞して以来、10年ぶりのことです。ところがこの後の数年間は、殆ど毎回のように中篇賞を得られ、名実ともに詰将棋作家の大御所としての地位を不動のものとされました。
作者「今まで一つ二つは期待した作もありますが、他に良い作品がありましたからね、塚田賞はねらってとれるものじゃありませんよ。本作は私もやや気に入っていたのですがあまり評判は良くなかったようですね。作った時は案外すらすらまとまったように記憶しています」(談)
中篇賞 山田修司作

山田修司作(38年2月号)
3四銀打 同飛 5五桂 4二玉 5一馬 同角 4一桂成 ㋑5二玉 5一成桂 4二玉
4一成桂 3三玉 3四銀 2四玉 2五飛 1四玉 2三角 同桂 1五歩 同桂
2三飛成 同金 2五銀まで23手詰
塚田九段「中篇は、今期も山田氏のが光った。4一桂成に、一旦5二玉と逃げる手は今までに例がないのではないか」
本作を通例の思考過程で追って見ると、3四銀打、同飛、5五桂、4二玉、(A)4一桂成、3三玉、3四銀、2四玉、2五飛打、1四玉(参考図)となって打歩詰の形となります。
(参考図)

そこで手を戻して、5手目(A)5一馬、同角の伏線手を放っておけば、参考図で1五歩打が可能になり、以下同角、2三飛成、同金、2五銀まで17手詰、という訳です。
ところがこの手順には巧妙な陥穽が設けられているのです。すなわち4一桂成に対し、㋑3三玉でなく5二玉とよろけて、以下5一成桂、4二玉、4一成桂と、わざわざ”5一角”を取らせてから3三玉と逃げるのです。つまり、再び参考図と同じ形になって1五歩が打てなくなる――というカラクリなのです。このように、守備駒をわざと取らせるように逃げるという手筋は、地味ではありますがまさに新手筋です。前期に続いて本格的な構想型中篇による連続受賞はさすがです。
当時、新手筋開拓を謳っていきまいていた筆者に対し、本作を示して次のように説明されたことがあるので紹介しておきましょう。
作者「5二玉!この一手こそ”史上空前のオリジナル”と自負する手段で、”不利逃避”と名付けております。しかし古今の詰棋を渉猟しても、玉が逃げる途次において自陣の守り駒をわざと攻方にとらせるといった意味の手段は(移動合駒という形以外には)ないと思います」
長篇賞 田中輝和作「初雪」

田中輝和作(38年4月号)
6九竜 5九金 5八角 3八玉 4八と 2八玉 2七と 同銀成 2九金 同玉
5九竜 3九金合 同竜 同玉 4九と 2八玉 3九金 1八玉 1九歩 1七玉
1八金 同成銀 同歩 同玉
にて途中1図。ここから途中2図に至るまでの駒のやり繰りが見ものです。
(途中1図)

2九銀 1七玉 2八銀 1六玉 2六と 同玉 3七銀引 1五玉 1六歩 同玉
2七銀 同玉 3八と 1六玉 2七と 同玉 2八金 1六玉 4九角 1五玉
2六銀 同玉 2七金 1五玉 1六金 1四玉 2四と 同と 1五香 同と
同金 同玉 1六角成 2四玉 3四と行 1三玉
にて途中2図。このあと4九角が再び5八から6七へ戻るのは見事な構成といえます。
(途中2図)

1四歩 同玉 5八角 1三玉 2四と 同玉 3四馬 1三玉 1二馬 同玉
6七角 2一玉 2二金 同飛 同と 同玉 2三飛 3一玉 4二と 同玉
5一銀 同玉 5三飛成 6一玉 7一歩成 同玉 7三香 8二玉 7二香成 同玉
9四角 8一玉 9三桂 9一玉 5一竜 8二玉
にて途中3図。あとは収束のしぼり手順に入ります。
(途中3図)

6二竜 9三玉 8五桂 同成香 7三竜 9四玉 8五と 同玉 8六と 同桂
同歩 9四玉 9五香 同玉 9六歩 同玉 8八桂 同金 9七香 8六玉
7七と 9七玉 8八と 同玉 8七と 9九玉 9八金 同玉 7八竜 9九玉
8八竜まで127手詰
塚田九段「長篇では田中輝和氏の煙詰がよかった。前半の駒さばき、特に角の動きがすばらしく、煙詰としては上位にはいるのではないか」
本誌の創刊13周年を記念して、北原義治氏のアブリ出し曲詰”十三”とともに特別発表された煙詰の大作。煙詰の最長手数が主眼で「この手数を越す煙詰は今後できない」と作者が確信をもって世に問うた野心作でした(この記録は、残念ながら半年もたたぬうちに、詰将棋パラダイス38年10月号に発表された黒川一郎氏作の”金烏”(141手詰)によって破られました)。
本作は、作者にとって11局目の煙詰であり手順の練りもコクが深くなりました。とくに前半の、二枚角の連繋に持ち込むまでの駒捌きは絶妙で、気品すら感じさせられます。
作者「予告創作をした作だけに愛着があり手順内容は難易度はともかく、序盤数十手の応酬は、従来の煙詰にみられない斬新さがあると思います。特に二枚角の動きは作者も大満足というところです。第一のねらいは手数延ばしにあり、それに苦心しました。全体的な駒配置も美という点からみて悪くはないと思いますが……」
柏川氏作は「詰将棋半世紀」駒と人生第100番、山田氏作は「夢の華」第40番(「不利逃避」と命名)にそれぞれ収録されています。
原文では傍点となっている箇所に、下線を引きました。