佐藤司さんを悼む

本日の記事は、先月30日(推測)にお亡くなりになった佐藤司さんへの、ささやかな追悼文です。
就寝態勢に入っていた先月31日の0時過ぎ。ふとTwitterのタイムラインを眺めていると、訃報が目に飛び込んできました。
「え?」と思い、詰将棋おもちゃ箱掲示板を覗くと、柳田さんの投稿が確かにありました。
突然という言葉がぴったりの、知らせでした。
(なお、57歳とありますが、「四百人一局集」や詰パラ表紙詰将棋のコメントを読む限りでは数え年で、満年齢は56歳だと思われます)

私が詰将棋の会合に参加するようになってからの付き合いですから、ここ3、4年の話。
お会いするのはたま研(年2回)と詰将棋全国大会ですから、多くて年に3回といったところなので、長くもなく、多くもないと言えましょう。
それでも、お会いした際には、必ず会話を交わしていました。

壁を作らない方、という印象がありました。
会話は多岐にわたり、ご家族の話、お仕事の話、参加したイベントの話。そしてもちろん、詰将棋の話。

特に印象に残っていることを、3点程挙げます。
解答のペンネームにちなみ、「レコード大賞おめでとうございます」と申し上げたところ、自己紹介で「この場で言おうと思っていたんですけど、先に言われてしまいました」と話されたこと。
課題作の投票を、悩みながらされていたこと。
(お会いしての話ではありませんが)短評で、「娘の名前と同じタイトルなので、意地で解きました」と書かれていたこと。

1月のたま研が、結果的に最後のお目に掛かる機会となってしまいました。
懇親会から二次会、そしてお開きとなり、帰り際、門脇賞候補の話題を交わしたことを覚えています。


作家・解答者としての実績について、少々振り返ってみたいと思います。

282号(1979年8月号)以来の詰パラ会員。
作家としては、詰パラ2003年6月号表紙詰将棋が初入選。
入選回数はご本名で詰パラ9回・将棋世界2回。佐藤渉名義で詰パラ5回。
その他にも詰パラに30作程掲載されました。
抜けがあるかもしれませんが…。
直近ですと、詰パラ2月号の彩棋会作品展ですね。

解答者としては、七條賞(解答順位戦)に平成7年度からランクイン。昨年(平成29年度)まで23年間継続されています。
今年度も、5月号まで解答を出しておられれば、ランクインするのではないかと思われます。
平成26年度までは本名、平成27年度からはペンネームで解答され、単年では平成17年度の516点が最高、累計点数は9000点を超えます。
満点の700点を毎年取るにせよ、13年間程度続けなければ追い付かない計算で、偉大な積み重ねと言えましょう。

将棋世界や、休刊となった近代将棋にも解答を寄せておられました。
詰将棋サロンの短評コーナーには今年だけでも1・2・3・5月号で採用されています。


2日、某駅のホームで声を掛けられ、振り向くと彩棋会幹事、佐藤正さんのお姿がありました。
偶然に驚きつつ、しばし歓談。自然と、話題はお兄さんへと向かいます。
前日まで仕事をされていたとのことで、やはり突然のことだったようです。

いまだにあまり現実味がありません。詰将棋全国大会やたま研にお姿がないことで、実感していくのでしょう。
今までありがとうございました。


心より、お悔やみ申し上げます。

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