詰将棋座談会 桑原辰雄・谷口均入選100回を祝す(近代将棋昭和57年7月号)

前回の記事に続き、座談会(前回は「放談会」でしたが)の記事を取り上げます。
出席者は、桑原辰雄・谷口均・伊藤果・岡田敏・森田正司・森敏宏(司会)の各氏です。
100回までの思い出
「本日は、お忙しいところ、ご出席いただきありがとうございました。ほとんど同時(注:桑原氏は4月号、谷口氏は6月号)に入選100回を達成された、桑原さん谷口さんを囲んでの詰将棋放談をというねらいです。桑原さん入選100回を達成されて、いかがですか。初入選の思い出なんかは……」
桑原「私の作品が初めて入選したのは『将棋世界』で昭和25年。『近代将棋』の初入選は昭和26年7月号(第1図)でした。まだ桐生高校の学生だった頃です。」

谷口「私の場合は、近代将棋の昭和38年3月号(第2図)が初入選です。やはり初入選の喜びは最高ですね。16才の時の作品です。」

森田「初入選らしい作品ですね。」
谷口「当時の解説者の小林淳之介さんには、初入選らしい幼なさと評されましたが、自分の作が、他の大先輩の作と一緒に本にのったという感動は一生忘れられません。」
――「多くの詰将棋作家にとって、初入選の感動というのは大きいですね。」
伊藤「よく桑原流といわれますが、作り始めた頃はどんな作風だったんですか?」
桑原「作風なんて、当時は何もありませんでした。ただ、飛車先の桂というテーマをしばらく追っかけていました。」
伊藤「飛先の桂?飛車の効きを止める桂ということですか?」
桑原「そうです。大分苦心しましたから、印象深いですね。飛先の桂の第一作は『王将』に発表された11手詰(第3図)です。」

岡田「覚えてますよ。昭和29年ですね。」
桑原「6月号だったと思います。その後、5、6作の飛先の桂を作りましたが、この作にやはり愛着があります。作品集『妙義図式』の第一番に収録したほどですから。」
森田「なるほど。ところで、谷口さんは短篇作家ということになっていますが、桑原さんは何手位の作品が多いのですか。」
桑原「将棋世界が17手までも影響していますが、発表する作は15、17手が多いですね。」

短篇作の未来は?
――「前回の塚田賞(4月号)で短篇作は該当作なしという結果になり、最近は、投稿作に短篇の好作が少なくなってきていて、短篇作の行き詰まりという懸念をもっているんですが、皆さんはどんなお考えですか?」
森田「私は別に心配していませんね。新感覚をもった新人が一年に二人くらいは登場してきていますし……。ただ短篇で新手筋というのはほとんど不可能でしょうが、形とか、ニュアンスとか感じとかという点で「新しさ」はまだまだ表現できると思います。」
岡田「伊藤先生がスポーツ新聞に発表した作(第4図)などは、珍しい狙いの作品で、近将に発表していれば短篇をとれたんじゃないですか?」

伊藤「あの作品は最終3手前に変同があるからだめでしょう。」
岡田「それは減点材料にはならんでしょう。」
伊藤「作った本人としては気にはなります。」
森田「7手目の1三香不成に2一玉とする人が大部分で、1三同玉とする人はひねくれ者でしょう。」
桑原「1三金~1二金~1三香不成は新鮮ですが、私もこの尾岐れは気になります。私の場合は、変同や尾岐れだけでなく、最後の一手まで手順の絶対性を課して創作しています・私の作品には別に特徴なんてありませんが、手順の絶対性だけは守っています。変同があるためお蔵入りになっている作はたくさんあります。」
一同「きびしいですね!」
谷口「短篇の行き詰まりということに関してですが、私も心配していません。努力すれば、まだまだ新味のある作を創ることはできると信じています。」
伊藤「長篇の構想派の上田吉一さん。あの人あたりが本気で短篇にとりくめば、行き詰まりの心配なんか吹きとぶと思いますね(。)」
岡田「上田さんはやる気ありですね。塚田賞の短篇だけは貰っていないと言ってました。」

詰将棋創作法
――「桑原さんは、どんな創作法ですか?」
桑原「これといった方法は何もないんです。ヒラメキだけといった感じです。」
森田「どういう場所でヒラメキを得るんですか?」
桑原「あくまでも自然体です。盤駒を使って創作します。」
森田「桑原さんの入選した100局のうち50%が端に桂香があるいわゆる実戦型ですが、意識して創作するのですか(?)」
桑原「いやあ、意識はしていません。最近は逆に端に桂香のない”ざんばら髪”みたいな初型が多くなってきています。創作法をあえて言えば、力まかせの我流とでもいいましょうか。」
――「桑原さんの作品では、大駒をばさっとただ捨てするのではなく、歩とか何か小駒を取って行くのが多いようですが……。」
伊藤「奨励会員が一番いやがる詰将棋作家は桑原さんらしいですね。彼らは桑原作品を避けて通りたがる傾向がありますね。なぜだってきいてみると、筋がないから、というのです。実戦感覚で解かねばならないというのです。これは今、森さんが言った、大駒で小駒を取るという事に通じているんでしょう。やはり、異色の作風ですね。」
桑原「入選100回記念作のような作品がこれから増えていくと思います。もう、桂香作品はあきてきました。玉を中断に配置した作品を主体に作っていきたいですね。」
伊藤「あの100回記念作(解答は6月号162頁)はいいですね。」
岡田「初手の紛れがすごいですね。3三金、同銀、2三飛は1二玉で詰まない。この紛れがあるので初手1二金が生きてくる。」
桑原「あの作品は、解答の常連の高崎の塚越良美さんも手こずったらしいですね。」
――「谷口さんの創作法は、どうなんですか?」
谷口「短篇ならどんな創作法でもやってみたいですね。主流はやはり逆算式の創作です。構想物ならその構想をいかに簡潔に表現するかを盤駒なしで考えます。桑原さんのような強腕詰将棋なども作ってみたいですね。野球でいえば、バントヒットや、左へ引っぱる打法、さらに右へ流す打法ですね。短篇のワク内で色々とやってみたいですね。」
森田「谷口さんの作品はいつもきれいにできてますね。駒数は少ないし……」
伊藤「すいこうが行き届いている。ひところ不成作品にこだわっていたようですが、こだわらなくなってから良くなってきたと私は見ています。谷口さんは、実戦型は多くないんでしょう?」
谷口「実戦型は40局くらい発表していますが端に桂香のある作品は少ないですね。とにかく内容のある短篇を作りたい。アマチュアの作家の詰将棋作品集は必ず買って、目を通します。」
桑原「立派ですね。私なんか、そんな勉強はまったくしませんね。」
伊藤「桑原さんは、詰将棋の師匠というか、教えられた人とかはいないんですか?」
桑原「だれもいません。全く不勉強で、詰将棋の理論など専門的な事も全く知りません。影響を受けた詰作家というのもいません。」
森田「それだからあれだけ独創的な作品が作れるのでしょう。」
谷口「桑原流は真似ができません。真似すると、他人から反発を招くだけになります。」
――「桑原さんの『妙義図式』は二上さんの序文がのっていますが、その中で、実戦的感覚の持ち主うんぬんとあったように記憶していますが、どうなんですか。」
桑原「そうですね。二上先生の作品と私の作とは、どこか一脈相通ずるところがあるみたいですね。二上先生はアマチュアの頃、詰将棋作家だったことと関係があるのでしょう。私が作りたいなあと思っていた筋を、二上先生に先に作られてしまったことは何度かありますね。こういうことからみれば、こと詰将棋に関して二上先生と私の感覚が似ているところはあるのかもしれませんね。しかし伊藤先生の作風とはどうしても似てこない。」
伊藤「いや、私も最近はサラッとした作が多くなりました。昔みたいに少ない駒数で粘っこくさばくようなのは、作れなくなりました。枯れてきたんでしょうかね。」
――「谷口さんは、どうですか。影響を受けた作家などは……」
谷口「デビューしたのが昭和38年頃でしたから、その当時活躍していた金田秀信さん、北原義治さん、植田尚宏さんあたりの影響が大きいと思います。」
森田「しかし、今あげた三人と谷口さんの作風には共通点はないですね。三人のいいとこだけとったというわけでもないでしょうし……」
桑原「谷口さんは、植田さんにどちらかというと近いと思いますね。」
谷口「それから、関西の詰将棋会の創棋会ですね。あすこからは色々刺激を受けました。あとは伊藤先生です。ある時、投稿ハガキのすみに『今年は毎号入選を目指したい』と書いたら、先生がそれを解説欄で書かれた。書かれてしまっては、とにかくガンバルしかないわけです。当時は毎月10局くらい投稿しました。」
伊藤「結局、12回連続入選をやったんでしたね。」
谷口「えェ、2回やりました。これはちょっとしたレコードかもしれません。」
森田「昭和51年と52年でしたね。初入選が昭和38年ですから、20年弱で100回ですか、早いですね。」
岡田「谷口さんの入選は、後半がハイペースでしたね。やはり100回という目標があると、力がはいりますね。」
桑原「それと、素材の数でしょうね。若い時に、詰将棋の素材をどれくらい見つけてメモしておいたかが大事なことだと思いますね。」
伊藤「桑原さんは、どれくらいの素材を…」
桑原「今現在、約三千くらいあります。」
一同「三千!」
伊藤「すごいですね。私なんか百あるかないかくらいですよ。」
桑原「今は、感覚がマヒしてる状態ですから素材は仲々できません。ですから、昔の素材を引っぱり出しては、うん、これをまとめてみようということになります。昔のつたない素材を、まあ現在のテクニックのようなもので作品に仕上げていっているわけです。」
――「伊藤先生は今はどんな作り方なんですか?」
伊藤「別にこれといった方法はありません。自己流ということでは桑原さんと似ています。
ただ、素材のストックはありません。その日指されてる専門棋士の将棋、特に終盤を見に連盟に行くことはあります。カンとでもいいますか、局面を見てて、これは詰将棋になるというのがわかりますね。すんなり作品にまとまるのは少ないですけれど。」
桑原「A級順位戦の終盤から詰将棋を作ったことはよくありますね。それと、大内八段の終盤。あの人の終盤には、詰将棋の素材がかなりあるような気がします。」
伊藤「へえー、面白いことですね。」

有望な新人はだれ?
――「ところで、今後、皆さんのあとをつぐであろう新進詰作家はどんな方々でしょう。皆さんが目をつけてられる人をあげてもらいたいのですが。」
桑原「藤本和君ですかね。あの人は伸びると思います。」
岡田「兵庫の人です。たしか16才くらいでしょう。」
谷口「伊藤正さんです。名古屋の人で、長篇作家ですが、短篇を作ってほしい人ですね。」
森田「添川公司さんでしょう。この人は大物です。まだ18才くらいですが、将来性豊かで期待しています。」
桑原「信太弘さんという人はどうでしょう。」
岡田「これも大物になりそうです。特異な才能の持主といった感じです。ほかでは、有吉弘敏さん、山本昭一さん、今まで名前のあがった六人が将来の詰棋界を背負っていく人だと思います。」
伊藤「私は、プロの後輩として、安西勝一君をあげたいですね。5月号の研究室Cは初入選ながらすごいですね。100人もいる奨励会員は全員、もち論詰将棋は解いてるはずです。しかし作っている会員は非常に少ない。彼は将棋も強いから、四段になるでしょうが詰将棋の名手としても活躍してもらいたいと思います。」
岡田「しかし、これら新人に負けず、我々、熟年組もがんばって行きましょう。」
伊藤「昭和一ケタと一緒にしないで下さいよ。」
岡田「そうか、ほな、我々熟練組もがんばろうと言いかえましょうか。」
――「どうやら、オチもつきましたようですので、この辺で詰め上りにしたいと思います。ありがとうございました。」


蛇足ながらいくつか記したいと思います。

桑原氏はデビュー六十年越え、谷口氏も今年で五十年。
息の長さには敬服する他ありません。
谷口氏がデビューされた昭和38年の、入選回数上位10傑というデータが先頃販売された「からくり箱」(素晴らしい本ですね)に載っております。
上から北原・植田・岡田・小西・柏川・山中・藤井(国)・巨椋・北川(明)・金田という順。
「当時の有力作家のラインナップ。半分の5名の方々は既に鬼籍に入られている。」とありますが、逆に半世紀前のラインナップ中、半分の方々が健在というのが凄いと個人的には思います。

上田氏は塚田賞の短篇賞だけは受賞していないという岡田氏のコメントがありましたが、第52期で受賞されているようです。

「将来の詰棋界を~」と言われていた六人は全員看寿賞作家ですね。
有名作の内、添川氏の「1七角」・伊藤氏の「月蝕」・山本氏の「メガロポリス」は既に発表されていました。
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