添川公司氏作「銀馬車」譚

今回の記事は、「銀馬車」そのものよりも、発表後のお話が中心です。
タイトルの「銀馬車」は近代将棋平成5年11月号に掲載された作品です。


発表時の解答者短評では、
高坂研「すばらしい!史上初の四段馬鋸 歩を取ってから68まで引きつけて歩を香に交換し、また一路遠ざかる辺りに上田氏、橋本氏と通じる作者の知性を感じる」
松田道雄「複雑馬鋸と中合による打歩詰打開の収束との絶妙な組合せを盤上14枚でよくぞ表現した。敢えて名作と言いたい。」
と称賛されています。
素晴らしい作品であることは現在の目から見てもまず異論はないことと思います。

ですが、名槍がグサッと…。

この記事を書くきっかけとなったのは、数年前に読んだ有名ホームページ「将棋タウン」内、将棋に関するミニ感想2006年9月14日分の文章でした。
「そして、今でも鮮烈に覚えているのは、添川氏の銀馬車

ところで、この銀馬車は修正図であることが近代将棋には書かれている。そう、この銀馬車が最初に近代将棋に載った時に、余詰があったのである。
実は、この銀馬車のことを特に良く覚えているのは、馬鋸に驚嘆した、ということもさることながら、この後の余詰探しに相当な時間をかけたからである。
当時余詰を探すのが大好きで(←いわゆるマニアのひねくれ根性)、危なそうな筋を片っ端から頭の中で詰ませにかかった。そして、ついにその一つを見つけたのである。
当時は解くのに盤駒をほとんど使わなかったので、この銀馬車も頭の中だけで解き、最終的に余詰を指摘する時だけ、間違ってはいけないと盤駒を使った確認していたのを覚えている。
この銀馬車の解答と余詰、両方の指摘は、自分一人だったということが近代将棋に名前入りで載ったのを見て、大いにひねくれ根性を喜ばせたものだった。」

銀馬車の存在は知っていたものの、修正図であることは知らなかった私は「へえ、発表図には余詰があったのか」と思いつつ読んでいました。

時は流れ、過去の近代将棋誌を見る機会に恵まれました。
近代将棋平成6年1月号、夜の詰将棋。
「D題の添川氏作で変化二に落ちて百39手で詰ませた方が非常に多かったからですが、作意27手目55馬の所で69銀とアキ王手をして簡単に詰むように見える事がその一因であったようです。しかし69銀には58歩合、同飛、68香合の絶妙な受けがあって詰みません。もう一度お確かめ下さい。
しかし残念な事に、このD題、収束百53手目77銀上の所で87香と打って余詰でした。
即ち87香、7六玉、7七銀、65玉、25飛の時、
①64玉なら75馬、54玉、55香以下。
②54玉なら56香、55歩合、同香、44玉、35馬、55玉、45馬、64玉、24飛、44歩合、同飛、53玉、54馬、52玉、43飛成、61玉、63龍、62飛合、52銀、71玉、62龍以下。
③45歩合なら66馬、64玉、24飛、54歩合、65香、53玉、44馬、42玉、22飛成以下。
④45銀合なら56銀、64玉(54玉は45銀、43玉、44銀、52玉、53香、61玉、21飛成、72玉、83香成、同玉、81龍以下)75馬、54玉、45銀、55玉、59香、56歩合、同銀、44玉、45銀、33玉、34銀打、32玉、42馬以下。
⑤35歩合は同飛で、以下は上と同様。
作意、余詰の双方指摘者は磯田武司氏ただ一人。上の手順も氏の詳細な記述を引用させて頂きました。修正は容易と思われます。」
ああ、このことだったのかと頭の片隅に数年間あった記憶と結びつきました。

同年3月号、夜の詰将棋。
「まず11月号、添川公司氏の「銀馬車」は91角を馬にして修正するとの事です。元々、角か馬かで迷ったが、成駒が最後まで動かないのが嫌で角にしたとか。完璧主義が仇となって塚田賞最有力の作品が潰れてしまうなんてなんとも惜しい話ではありませんか。」

そして同じく3月号の第82期塚田賞発表(当時の近代将棋誌には「第81期塚田賞決まる」とありますが、第82期の誤りと思われます)。「銀馬車」関係のコメントを拾っていきます。
長篇賞を受賞された杉山正氏のコメント
「それにしても今期長編部門はやや不作の中である本命作が潰れ、…」
選考委員の回答
岡田敏氏
「今期は11月号の添川氏作「銀馬車」(171手)で決定と思っていたら、余詰で脱落。」
谷口均氏
「今期長編は、掲載作少なく、余詰作もあり少々寂しい選考になった。」
北原義治氏
「候補作7図(潰れ2)。本命? と見えた⑪添川氏の潰れは、返す返すも残念。」
伊藤果氏
「大本命である11月号の添川氏作が潰れたのは惜しまれますが、…」
服部敦氏
「それにしても惜しまれるのが11(月)号の添川氏作。もし91角が馬だったなら当選確実であったのに。」
桑原辰雄氏
言及なし
植田尚宏氏
「長編は困った。数が少い上に、大家の作が余詰で…」
兼井千澄氏
「大本命の添川公司氏作「銀馬車」(11月号171手詰)の潰れは痛かった。」
金田秀信氏
コメントなし

塚田賞の行方を左右する指摘だったのですね。
こんな詰将棋の歴史もあったのか、と感心しながらこの文章を書き終えかけていたのですが、あることに気が付きました。あれ?

事実として、塚田賞の最多連続受賞は5回です。山田修司氏・七條兼三氏・添川公司氏の3氏が達成されています。それぞれの内訳は、
山田氏は第20期中篇賞・第21期中篇賞・第22期長篇賞”新四桂詰”・第23期長篇賞・<第24期中篇賞・長篇賞「天にかかる橋」>。
七條氏は第71期長篇賞”純桂詰”・第72期長篇賞・第73期長篇賞「矢来くずし」・第74期特別賞(二局)・第75期長篇賞。
そして添川氏は第77期長篇賞「はね駒」・第78期長篇賞「樹氷」・第79期長篇賞「大航海」・第80期長篇賞・第81期長篇賞「天国と地獄」。
銀馬車は上に書いたように第82期の対象作ですので、完全で、受賞していれば6回連続だったのですね。なおさら大きい出来事だったのではないかと思ったのでした。
作者はそれほど気にされていなかったかもしれませんが。

以上、ご存知の方も多いとは思いますが一つの詰将棋史として書き留めた次第です。


追記(2014年3月11日)
上の文章には、とんでもない間違いがありました。
塚田賞の最多連続受賞は6回です。
詳細は後々明らかにさせていただきます。
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