詰パラ2016年7月号 ちょっとした感想

1日に到着しました。
ここ数か月と比べれば…ですが、特段遅いとも感じません。
今月の詰将棋
表紙
絵と同一人物でしょうか。
詰将棋全国大会への参加宣言もありますね。参加回数は今回で、10回に到達されるよう。
17日までに解きたいのは山々ですが、私の力では難しそうです。

中学校
期末と言われても、信じそうです。

大学
選題の言葉、つまり……。
さりげなく?担当が久保氏お一人になっていますね。

大学院
在庫2作ということは、1か月分。
参加の有無は不明ですが、詰将棋全国大会で投稿作を受け取る可能性もありますか。

詰将棋デパート
合作2題。


看寿賞発表
受賞された皆さん、おめでとうございます。
前年度に続き、6作受賞。
詳細は後で、じっくり読みたいと思います。
「来たるべきもの」は満票かどうか、と考えていました。
昨年7月号分では、失礼なイメージを書いてしまいましたが、1年経過して…嗚呼。


ちえのわ雑文集
新鋭に続いてはベテランですね。
文章の趣も含め、振り幅の大きさが楽しめます。


海老原辰夫詰将棋作品集「星河」
これは朗報、題名も明らかになりました。
倉敷で購入したいと思います。
個人的には、以前は寡作だったはずの氏が、多くの作品を発表されるようになった理由が気になります。


結果稿
詰将棋デパート
大学との交換解説。冒頭の文、詰将棋デパートはジャージの作を投稿する場ではない、ということですかね(深読みしすぎ)。
そもそも、ジャージの作とは何かという話ですが。


編集室
駒場氏の訃報、先月で一番驚いたニュースでした。詳細は来月号とのことですね。
柴田氏の提案は面白そうです。作品が集まるかどうかですね。
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看寿賞記事について

今回の看寿賞記事を読んで気づいた点を摘記しておきます。例によって、表層的な話題を中心に。

■画期的な新事象
[1]1部門1作者2賞
長編部門で田島秀男氏が達成。3賞目もあと少しでした。
2015/07/10の記事へのコメントで論じさせて頂いたテーマです。
但し、1964山田修司・1966福田桂士・1968黒川一郎の各氏の事例は「1作ごと1賞」かもしれないのですが。

[2]1部門1委員4票
長編部門で福村努委員が敢行。4票目は「特別賞(振替可)」で、集計時に長編賞に振替えられました(岡村作は「5票で」とあるので)。
なお、柳田委員長も「長編作品に4票」ですが、4票目が「特別賞(振替不可)」なので「同一部門4票」ではないですね。
こうして見ると、「『二次投票で4票入れてもいいですよ』という委員長から各委員に対するシグナルなのでは?」という私の妄想(2016/05/04の記事へのコメント)も、あながち的外れではなかったでしょうか。

■次点票制度
但し、委員長の企図の分析の際に特別賞のことが考慮外だったのは、お恥ずかしい限り。「特別賞候補が第1次投票の段階で排除されないように」という配慮だったのかも。しかし、この問題の解決策なら、「第1次投票の段階から特別賞枠を確保」という方が本筋だと思います。

(続く)

(#2:恒久化を)

[3]ルール違反?
今回の措置は、
「第1次投票が3作までなのですが、今年は3作ではどうにも収まらない気配です。そこで収まらない場合に限り特に次点を2作まで挙げていいことにしました。」(5月号「全詰連の頁」)
というもの。しかし、短編部門・平井委員(投票2作・次点2作)は違反では? (「2+2>3だからOK」というルール解釈もありますが。) 誌面では問題とされていないようですが。
私見は、「収まらない場合に限り特に」という制限は不要、というもの。実際に違背され、問題視されなかったことが、その証左です。「投票3作以内、"投票+次点"5作以内」がベターでしょう。

[4]措置に関する所見
今回の「次点」票という措置、私は、良策であり恒久化すべきだと思います。
但し、「第1次投票の段階で受賞級を外すのは本質的におかしいため」(同頁)という理由付けには(特別賞候補以外)無理があります(既述)。その代り、

<1>投票作以外の有力作品について言及/討議機会を確保する
 (2011年度の第1次投票記事における「コメントのみ」と同旨?);
<2>各候補への支持の推移を細かく追随できる;

という意義を認めて推すものです。
なお、投票/次点を「第2次での投票予定の有無」で区分すれば、<2>への貢献が増します。

(続く)

(#3:やっぱり!)

[5]第2次投票に関する提言
更に、「第2次投票にもこの次点票を導入しては?」と提案したいところです。
「次点」を0票と扱うか、0.5票とするか、2通りの制度が考えられますが、前者の場合は、[4]<2>の有用性を深化させることが目的になります。後者は、「選考委員でも迷う場合があるだろうから」という発想によるものです。

■その他、注目すべき事象
[6]次点作(あと1票)
短編・上谷直希作、中編・馬屋原剛作。
また、田島秀男作11月号401手は、有効投票6名のうち2票獲得なので「あと1票」だったのかも(可否同数の場合の措置は不明)。
この3作の得票推移は (Ⅰ:1次投票 Ⅱ:2次投票、以下同じ)

   上谷 馬屋原 田島
委員 ⅠⅡ ⅠⅡ ⅠⅡ
岡村    ☆  棄棄
風     ☆☆ ☆☆
北浜    ☆☆
高坂 ☆☆
平井     ☆ 次
福村 ☆☆    ☆☆
柳田 ☆☆ 次  次

馬屋原氏は前年の長編「ガチャポン」に続き2年連続。しかも、2作とも1次投票での3票が2次でそのまま伸びず、という得票経過。嗚呼、やっぱり「惜しくもが多い作家」!
ついでに、短編の方の題名「欺きの一角獣」に対する風委員のコメントにも「やっぱり」!

(続く)

(#4:投票時コメント廃止の弊害)

[7]追上げの事例
私は、「1次投票4票以上からの落選」と「1次投票3票以下からの受賞」という事象に注目しているわけ(2016/05/04記事へのコメント=前出)ですが、今回、前者はやはり無く、後者は短編賞・片山知作の1例のみ―

   片山
委員 ⅠⅡ
岡村 ☆☆
風   ☆
北浜
高坂 ☆
平井 次☆
福村
柳田 ☆☆

―風委員の票で受賞が決まった形ですが、氏による言及は記事中には全く見られません(平井氏のものはありますが)。

[8]投票時コメントの廃止
 [6]で、「馬屋原氏の2度の次点、どちらが惜しかったのか」調べようと思い、とりあえず今回の「岡村委員の支持取下げの理由」を確かめようと…あれっ、結論部がない! 今回からの看寿賞記事刷新で【第2次投票コメント】欄が消えているのです。[7]の風委員の片山作品に対する見解も、この欄があれば載っていたはず。
【第1次投票】のコメント部は、以前から【選考討議】の冒頭陳述部とダブる内容が多いと感じていたので、廃止でも害は少ないかと思います。
しかし、2次投票時のコメントは、いわば「判決理由」に相当し、これを省いた選考記事というのは「あり得ない」のではないでしょうか。少なくとも、1次投票からの変更くらいは説明して頂かねば、と思いました。

看寿賞選考システムの問題点

今年の看寿賞は僕が選考しても同じ作品でした。
これはありがたかった。
これなら選考システムに問題がある事を、ブログで遠慮なく言えるからね。
看寿賞の選考方法は、僕でなくても色々問題点があると感じている人は多いと思う。
問題点を言う人は改善案は全く考えていないと言う事はよくある事なんだが、これは違う。
問題点を言う人は改善案はいくつかあって言っている。
つまり、現行のシステムはそれだけ酷いシステムだと言う事。
これは実際にどう改善するかは二の次。
どうやっても改善になるから、兎に角改善する気になる事が先決。
谷川さんが読者サロンに書いてくれる事を期待してます。

三輪さんへ

看寿賞制度についての私の現状認識は、

 A:基本的な枠組は健全
 B:変化は概ね望ましい方向に

というもので、具体的には、

A1:少数委員による討議を経ての投票の方が、一般投票や多数委員による一発投票より良い(accountabilityの観点から)。
A2:適格な作品の数だけ授賞する方が、(部門別に)「原則1賞」又は「厳格に1賞」に縛るより良い(公平性の観点から)。

B1:投票/授賞数が増加し「原則1賞」の呪縛が希薄化(A2の深化)。
B2:選考討議がnegativeな「絞込み」からpositiveな「売込み」に変質。
B3:特別賞は再び「らしくない」作品を包含しつつあるかも。

なので、私の改善提案はもっぱら「制度の枝葉」に係るものばかりです。「読者サロン」に投稿した没ネタなど、一通りご紹介。

■3月号
[1]選考委員の作品が候補になった際の処置
現状:委員本人の判断による
改善案:「規約」で規定

[2]授賞の取消
検討対象:余詰・不詰作、短編の変長作、三十六人斬・妻籠宿・加藤徹作

[3]変長作・収束余詰作の扱い
授賞不可

[4]特別賞の基準
問題点:基準が曖昧
改善案:「ニッチな」分野

[5]コンピュータ評価の導入を
例:「難解性」を指標「探索局面数」により評価

(続く)

(#2:読者サロン没ネタ集)

[6]奨励賞の復活を
狙い:「該当作なし」の回避
対象:2次投票での3票獲得作
注:再投票(現在の慣行)との併用可

■看寿賞候補推薦時の付記
[7]2次投票で「次点」票を
現状:2次投票時コメントで「次点作」を挙げている事例が多い。
提案:0.5票としての投票を認める。

■5月号
[8]規約上の問題作の扱い
問題点①曖昧な状態のままでの投票では当選困難
   ②田島秀男作11月号401手の存在
提案:「詰将棋ルール審査会」(第1回=パラ2014.11)を経て看寿賞選考(投票)

■6月号
[9]「超長編部門」の分離独立を
問題点:短めの長編が著しく不利

■9月号(投稿保留)
[10]特別賞の「原点回帰」を
理想像:1993~2002年度の「多様な受賞作」の時代
☆早々と脱稿していたが、今回の選考記事から「こういう方向に変化中かも」と投稿は一旦白紙に。

■11月号(?)
[11]看寿賞・半期賞の授賞数の考え方
☆改善提案というより、概念(理論的支柱)を提示するもの。

「読者サロン」では、看寿賞ネタは目下3本連続ボツなので掲載は望み薄? また、載っても、私の「改善ネタ」投稿には読者も食傷気味? というわけで「hiroさんあたりが書かれれば、真摯に受け止められるのでは?」と思っています。

谷川さん

繰り返しになるとは思いますが、見方は人それぞれですね。

平井氏の投票について、書かれている意図を最初理解しかねたのですが、次点票を投じているけれども、3作の枠を埋めていないということですね。特に気になりませんでしたが…。

「欺きの一角獣」、裏短コンはタイトルが必須のため、命名されたのではないかと思います。

最終的な投票に至った理由が、もう少し手厚く触れられていてもよかったかと思います。この点は同意です。

「授賞の取消」、修正図での受賞も許さないという考え方かと思います。厳しさが覗かれますね。
まず、収束数手に別詰があることや変長があることは、現在のところ看寿賞の対象から除外される条件となっておりません。
書かれていることの実現のためには、そのような作品を対象から除外することが決定した上で、さらにキズに関して議論された上で受賞に至ったことを、後から覆す理由が広く支持を集める必要があり、相当難しいのではないかと思います。時代によって、許容の範囲に違いがあることも考慮する必要がありそうです。
余詰や不詰に関しては、後から判明したので取り消すというのは、こちらは筋としては通っているのかもしれませんが、私個人としては、そこまでする必要は…と、あまり気が進みません。
大道棋をどう考えるかは難しいところですが、特別賞として受賞されたことには異論ありません。

選考委員の作品が候補作となった場合は、確かに規定があった方がよいかもしれませんね。

読者サロンに掲載されなかった理由として思いつくのは、スペースが足りない、そぐわない内容を含むと判断された、というところですかね。真相は編集部の方しか分かりませんが。
その文章でも、他の内容でもよいのですが、掲載するご自身のホームページやブログを、立ち上げてみてはいかがでしょうか。
拙ブログのような詰将棋関係の片隅、さらにそのコメント欄では見る人が限られてしまい、折角の文章や調査が勿体ないと思います。
「詰将棋おもちゃ箱」には高い確率で取り上げられるでしょうし、内容が興味深いとなれば、結果として、より多くの目に触れるのではないかと思います。
寄せられたコメント欄から議論も白熱する可能性もありますね。掲載内容が誹謗中傷に当たらないかは、確かめる必要がありますが。
書きたい時に書けるというのも大きな利点と思います。

文章の長さがアンバランスですね、うーむ…。

三輪さん

現在の選考方法、私は特に不満を抱いておりません。
時代によって変遷がありますが、多くの人が納得するというのは、かなり意見に幅があるでしょうから、難しいのでしょうね。
もっとも、意見の表明は意味のあることと思います。多種になると、収拾がつかなくなりそうですが…。

とりあえず「宿題」に

★平井委員の投票については、「何ら問題ない(ように私には見える)のに、規程はそれを排斥するようになっている」点を問題にしています。

★馬屋原氏の命名については、題名への反応の世代間ギャップに関する「この詰2015」鼎談での話、特に

吉田京平「風みどりさんのブログでもその作品(「槍の帝王」)の話があって、「タイトル以外は感心した」って」(p.89)

との関連で面白いと思ったものです。Hiroさんは「若者派」?

★更に、

<1>拙「看寿賞制度『聊か暴論』集」(3月号「読者サロン」に向けた投稿=ボツ)での授賞取消提案について
<2>変長・(所謂)収束余詰の受賞適格性に関する補論(考え方の枠組のようなもの)
<3>拙「読者サロン」投稿について(スタンスなど;不採用の理由に関する分析・考察)
<4>ブログ『詰将棋の欠片』の性格分析(「詰将棋関係の片隅」という認識は正しい?)
<5>拙コメントの性格分析(「片隅性」は? 「主流」に乗り得るものがある?)

といったテーマについても、一とおり書いておかねばならないのですが…。
いずれも脱稿まで少し曲折がありそうなので、とりあえず、今回の看寿賞記事に対する「皮相な観戦記」の続きを投稿しておきます。

(続く)

(#2:看寿賞記事観戦記[承前])

[9]予言合戦?
鈴川優希「個人的には看寿賞に最も近い作家の一人だと思う。」(パラ2016.5たま研結果稿)
石黒誠一「コンスタントな投稿の安定感は流石で、今最も看寿賞に近い作家ではなかろうか。」(パラ2016.6短大結果稿)
それぞれ、馬屋原剛氏と山路大輔氏に関するコメント。何気なく読み流していたのですが、2015年度看寿賞中編賞の予想だったのかも。

[10]受賞作紹介の意義
 [8](投票時コメントの廃止)の原因は、受賞作の解説に6頁弱もの誌面を割いたための皺寄せですね。これは、TETSU氏の年来の主張(「受賞作品の解説を」2015/07/02、「平成26年度看寿賞」『詰将棋メモ』)がつつましく(cf.「15ページぐらい使ってよいから」同)実現された訳なのですが、私が正反対の意見であることは拙稿「身勝手な注文21ヶ月」(パラ2016.5読者サロン)で既述のとおり。
ところで、この編製変更は急遽行われたのか、並び順がヘンですね。「平成27年度看寿賞選考経過」で始まる記事の「…を加えて検討しました。」と【選考討議】の間に、「◇受賞作紹介」が割込んでいます。おそらく、従来の「受賞作詰手順」が"囲み"になっていたのを、「そのままの位置」で"地の文"にしたミスでしょう。

(続く)

(#3:詰パラの会員数)

さて、このTETSU氏と私の意見対立の焦点は、「詰パラの読者構成において
・7月号のみ購入する単品読者
・7月号から購読開始する新規読者
・前年2月号以降に購読開始した最近読者
が占める割合(意義)」だと思います。TETSU氏はこれらの読者範疇を重視(優先)すべきとされているのに対し、私は「この集団はnegligibleであり、そのために大多数の既存購読者を蔑ろにする(重複記事により誌面を浪費する)のはナンセンス」と考えているわけです。

付帯して、気になったのが「詰パラの会員数/実売部数/公称発行部数/印刷部数の数字って公表されていたっけ?」ということ。
詰工房2次会の話題「かつて公称2千人」(『ベイと祭りと詰将棋』2016/01/31)は、パラの会員数のことでしょうが、これに関して私に心当たりのある文献資料は、
「会員数を今の二千人からなんとか三千人に増やしたい。」(『盤上のパラダイス』206頁)
昭和63年頃の柳原編集長の述懐です。
思うに、「全日本詰将棋連盟」という公然たる組織を結成している以上、「公称会員数」くらいは(多めに)掲げないとダメなのでは? この数字は即『月刊 詰将棋パラダイス』の(公称)定期購読者数になるわけですが。

(続く)

(#4:看寿賞授賞取消?)

この表題、もしかして私の好み? 去年も(某掲示板に)書いたような(笑)。

[11]遅れて掲載された先行作?
中編賞・山路大輔作の新奇性に関する考究中、私の注意を惹いたのは2ヶ所:

Ⅰ 岡村委員「初形から4枚の持駒を使い切ると1枚の駒だけ動いている(…)。山路作は玉しか移動しないことでひと味違う面白さを表現していて、無駄もない。」
Ⅱ 高坂委員の「積崩し」の分析
「①(…)
 ②何かキーになる1手(或いは数手)を指して盤面の駒を動かし、
 ③(…)
 ところが、山路作は驚いたことに、②が無いのです!」

理由は、添川公司「はやぶさ」61手目33銀21玉 の後の
 22歩11玉 12歩同玉 13歩11玉 21歩成同玉 12歩成同玉
の部分。桂4枚に代えて歩2(3)枚という簡略版ながら、
 Ⅰ:原形での玉移動(21→12)
 Ⅱ:②のない積崩し
です。
さて、A=山路作(3月号短大)とB=添川作(7月号院)の関係として考えられるのは、

<1>添川氏がAを参考にBを作図;
<2>添川氏がAを見て、完成済のBを投稿;
<3>独立に創作・投稿されたが、投稿はAが先;
<4>Bが先の投稿だったが、掲載はAが先(短大の自転車操業!)。

選考記事では両作の関係への言及はないのですが、<4>が真相なら、山路作の受賞は不適では?

谷川さん

タイトルへの感じ方も、人それぞれだと思います。なお、私はタイトル自体の是非や各タイトルが良い、良くないということは書いておりません。

鈴川氏や石黒氏の文は、発表される作品の質を見ての評価だと思います。予想とは読むことができませんでした。

TETSU氏の文は、7月号のみを購入する読者や新規の読者を意識したというよりは、詳細な解説によって受賞作に深く切り込むことを要望されているように読みました。
どのようにして受賞作が決定したかを重視する方もいらっしゃるでしょうから、これもまた興味や関心によって異なるとしか申し上げられません。

詰パラの部数ですが、鶴田主幹は回答しないという考え方だったように思います。現在がどうかは分かりませんが、具体的な言及はそれほど期待できないのではないでしょうか。

山路氏作と添川氏作、詰み崩しという点では共通していますが、内容はかなり異なるのではないでしょうか。前者は4枚の桂を打ち、間髪入れず捨てる点に大きな価値があると思いましたが…。結果稿の作者コメントに、自作の序が発想とありますね。
また、山路氏作が3月号、添川氏作「はやぶさ」が7月号の発表。大学院の投稿から採用までの期間は分かりませんが、山路氏作を「後」にする理由はないと考えます。発表前にそれぞれの作を見る機会があったとも思えません。
プロフィール

hirotsumeshogi

Author:hirotsumeshogi
少ない知識をフル活用させています。
当ブログはリンクフリーです。
相互リンクは詰将棋関係のものであれば原則受けさせて頂きます。

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