詰パラ2016年5月号 ちょっとした感想

先月28日に到着しました。
前回のちょっとした感想で触れた誌代ですが、振り込みを済ませました。
今月の詰将棋
表紙
プロ棋士の登場は、関六段(2012年8月号)以来ですか。
双玉は、珍しいのではないでしょうか。

小学校
一瞬、先月の上谷氏作のことかと思いました。

高等学校
「まず手を出してみよう」という作者がない気がします。
あえて申し上げるなら鈴川氏ですが、初形を見ますと…。

大学院
新開氏は短編作家の印象が強いのですが、大学院に登場ですか。
吉田氏は地震の影響が心配されます。

詰将棋デパート
デパート賞継続は、喜ばしい事です。
登場する作家が限られているように見えるのが、やや心配ですが…。
知恵の輪特集の行方は、来月号で明らかになりますね。


ちえのわ雑文集
昨年短コンの優勝者、柳澤氏が登場。
なかなか予想が難しかったと思います。
過去5年間を踏まえ、今年は…次回に続く、ですね。


第13回詰将棋解答選手権チャンピオン戦報告
優勝の藤井三段も参加されていた、大阪会場のレポート。
第1ラウンド20分全問正解は、衝撃を受けました。
打ち上げの話、詰キストの端くれとして、何ができるのだろうと思わされました。
取りあえず、最低限このブログを継続する事かと…。


第32回詰将棋全国大会のご案内
アマレン杯握り詰の使用駒発表。
駒数が少ない気がしますが、制限の厳しい中でも仕上げてくるのが詰将棋作家ですね。
馬屋原氏の3連覇か、それとも。


読者サロン
谷川氏。
同じ意見や、異なる意見があると思います。
編集部その他がどう対応するか…。これからですね。
八嶋氏。
曲詰ですが、手順を評価しているということですかね。
中央の方が価値が高いと思うので、できれば詰上りはそのままで修正したいところですが…。


結果稿
大学が…。
まあ、事情のあることでしょう。
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詰パラのスリム化

2005年以降の詰パラの頁数(表紙部=4頁分を除く)を調べてみました。

年  1 2 3 4 5 6 7 8 9⑩⑪⑫ 計
2005○○◎◎○○○―◎○――1248
2006○―★○○○◎―◎○―◎1252[1]
2007――○○―○◎―○○――1228
2008○―◎○―○○――××―1216
2009―○◎◎○―◎◎○―――1244
2010×―○―★―○×◎×――1204[2]
2011――◎○×◎○×◎―×―1220
2012××◎○○◎○―○○―○1232
2013――○―――◎―○―――1216
2014―――○―○★○◎―××1218[3]
2015―×―――◎◎○○―○―1224
2016―――――

[凡例]
 ×: 96頁建て
 ―:100〃
 ○:104〃
 ◎:108〃
 ★:記念特大号
 計:年間の総頁数
但し、記念特大号の分は、同月号の最頻値で置換する補正を実施:
 [1]2006.03=600号:164⇒108
 [2]2010.05=650号:124⇒100
 [3]2015.07=700号:148⇒106(104と108が各5回)

(1)趨勢
x=年、y=総頁数として、線形回帰すると、
  y=-2.58x+6417
つまり、「年平均約2.6頁ずつスリム化している」という結果になりました。
この10年分26頁という数字は、ほぼ「見開き2頁の連載1個分」が消滅、ということですね。

(続く)

(#2:詰パラも冬眠?)

(2)月別
2005~15年(特大号を除く)の平均は―

月 平均頁
1 100.4
2 100.0
3 105.2
4 103.6
5 101.2
6 104.0
7 106.0
8 100.7
9 105.5
10 100.7
11 99.3
12 100.7

―3・7・9月号が突出しているのは、それぞれ短コン結果稿・看寿賞発表・全国大会記事が寄与しているのでしょう。その中で、最近3年間「凋落」著しいのが3月号ですが、シード制導入による作品数の制限(50作)が響いているのでしょうか。
逆に「低調」なのは、10月から年を跨いで2月までの冬期。(詰パラも「冬眠」するのでしょうか?) 特に、11月号は長らく「百頁越え」がありませんでした。
余談になりますが、昨年秋、私はある論稿を執筆して「読者サロン」への掲載を目論んでいました。最大の問題は、その分量。4頁を優に超えるものでしたので、採用される見込みは極めて薄いように思えました。書き直して分量を減らすか、それとも…。考えたのは、「元々記事の量の少ない月なら載り易いのでは?」ということ。そこで、上述のような「データ分析」を実施し、「11月号ならもしかして…」と、減量なしでの投稿に踏み切ったわけなのですが…。
若島正氏の「夢想の研究②(後篇)」一挙13ページ! により夢を打砕かれたのでした。

(続く)

(#3:文系か理系か)

2回にわたってお届けしてきた「"hiroさんは文系か理系か"探りを入れてみよう!」シリーズはこれくらいで切り上げて、雑談を少しばかり――

■小20・5a)-d)?の上谷氏
住所が変わりましたね―
 推理将棋・FL=米子市 ⇒ 中25=鳥取市
―「米子医専」という校名に聞き覚えはあるようなのですが、何でだったのかは思い出せません。

■全詰連の頁
(1)段級位認定の規定改正については言及なし。

(2)看寿賞委員の交代
歴代委員の「系譜・経歴」について詳しくは存じ上げないのですが、今回の交代により
 「詰研」色が少し弱まり「創棋会」色が少し入った
と言えるのでしょうか。従来は、柳田委員長を筆頭に森田正司氏の「詰将棋研究会」のカラーが強過ぎる、という印象がありましたので、良いことだと感じています。

(3)看寿賞選考の一次投票についての臨時措置
規約上は、一次投票は1人3票。二次投票の方は制限なしですが、過去の実績では全て3票以内となっており(一次投票より多いのもヘンですし)、これは不文律かと思われます。今回の委員長による措置からふと浮かんだ妄想は「これは『二次投票で4票入れてもいいですよ』という委員長から各委員に対するシグナルなのでは?」というもの…まさか。

(続く)

(#4:詰パラ今昔)

■読者サロンの拙稿
明示的に参照している段級位認定関連以外に、鶴田賞に関する記述でもhiroさんのお世話になっていますね。謝辞を割愛しているのは、
・紙数節減
・読者欄投稿であり、正式な論文ではないので「謝辞」は堅苦しく場違い
という判断からです。ご了解下さい。
じつはこの原稿、書き出した当初は「楽園歳時記21ヶ月」という題名で、それぞれの記事の愉しみについて書き綴っていく「深澤京子スタイル」のエッセイにしようと思っていたのですが…。似ても似つかぬものになってしまいました。

■4月号について

>>先月28日に到着しました。
 同じです。暴風雨の中を帰宅したとき、「よもや」と思いつつ郵便受けを覗いてビックリしました。5月号は4月30日の配達でしたが。


>>同封されていたのは誌代切れのお知らせ。
 これも同じです。

強引に足し算すると―
①+②=「詰パラは資金難で、1日も早く誌代を入金してもらわないとやっていけないので、大急ぎで送本?!」
―昔は、こういう憶測が真剣に行われるような状況だったそうですが。そういえば、「結果稿の順延」もかつては日常茶飯事だったそうですね。

谷川さん

ページ数、それほど意識していませんでした。
2005・2006年を除けば、ほぼ安定しているのではないでしょうか。
1号100ページを切ってしまいますと、ちょっと薄いかなと思いますが。
もっとも、ページは多いに越したことはありません。
不定期の読み物や出題があれば、増ページとなりやすいでしょうか。
作品が増えれば、解答者にとっては大変だと思いますが…。

短編コンクールが50作となったのは、2008年(結果稿は2009年3月号)からですね。

住所ですが、時々変更がありますね。
採用のタイミングによっては、後の発表作が前の住所、ということも…。

結果稿が2か月後(現在の表紙詰将棋と同じ)の頃は、締切までの短さや(恐らく)郵便事情といった事情のため、次号廻しとなることが少なくなかったようです。
発行は逆に、遅れることの方が多かったようですが…。

誌代切れの方にのみ、早く届いたわけではないと思いますので、偶然かと…。
4月号が月末の3日前、5月号は2日前に到着。私の住所では、誤差の範囲内ではないでしょうか。

看寿賞選考委員長の想定は?

今月号の「全詰連の頁」で発表された柳田委員長の臨時措置が物議を醸している由(my cube,2016/05/10)。規約についてはイマイチ不分明なのですが、委員長の文章からは「1次投票で票を獲た作品のみを以後の討議の対象とする」という形で運用されているように読めます。
さて、この臨時措置で「救済」されるのは「全委員が4番手以下にしているが、4~5番手として推す委員が1人以上いる作品」になりますが、このような作品が受賞する可能性の有無について考察してみます。
例によって2004年度以降の実績を考究の対象にします。なお、全詰連HPにある2002-03の事例は、1次投票等による候補作の絞り込みが行われていたようなので、「事情が異なる」と判断して除外しました。

(1)まず、1次・2次投票間での得票数の相関―

1 2次投票得票数
次 0 1 2 3 4 5 6 7 計
1 139 10 1        150
2 33 9 2 1 2 1    48
3  6 10 6 7 1 2    32
4  3 3 7    4 1   18
5  1   1 3 2 3 3 1 14
6      1   1 3 2  7
7           1 8  9
計182 32 17 12 5 11 8 11 278

(続く)

(#2:「追い上げ」は特異)

―1次投票で1票しか獲られなかった作品の受賞はなく、2・3票から受賞に至った例は各3作あることが分かります。

(2)その6作品とは―

 年 部ⅠⅡ 作者   題名
①2008中 3 5 中村雅哉「奔龍」
②2013短 2 4 中村雅哉
③2014短 2 5 真島隆志
④2014中 3 5 井上徹也
⑤2014中 3 4 相馬慎一
⑥2014長 2 4 添川公司「枯野行」

[凡例]
 Ⅰ:1次投票での得票
 Ⅱ:2次〃

―①は2次投票の追加投票による当選で、1回目の投票では(1次投票と同じ)3票の得票でした。なので、「追い上げての受賞」は最近2年間に特異的な事象なのです。

(3)道草になりますが、せっかくですので、「1・2次とも満票」という作品も見ておきましょう―

 ①2004長 高橋恭嗣「木星の旅」
 ②2005短 高坂 研
 ③2006長 添川公司「新桃花源」
 ④2007長 添川公司「阿修羅」
 ⑤2008長 添川公司「阿吽」
 ⑥2009長 近藤真一
 ⑦2010長 井上徹也「シンメトリー」
 ⑧2010長 添川公司「奇兵隊」
 ⑨2013短 田島秀男
 ⑩2013長 田島秀男

―①②は、委員の欠席により6票で満票でした。③~⑤の3連覇、⑦⑧の2作満票、⑨⑩の2部門制覇は圧巻ですね。

(続く)

(#3:大崩れの事例)

(4)1次投票で得票ゼロの作品が2次投票で票を集めるためには、「上位作が支持を失い、その分の票が廻ってくる」という展開が不可欠に思えます。そこで、1次投票で4票以上獲ていた作品の落選事例をリストアップ―

 年 部ⅠⅡ 作者  作品
①2004短 5 2 有吉澄男 11月高校
②2004短 4 2 中村雅哉 短コン
③2004長 4 0 添川公司「妖精2」
④2006短 5 0 中村雅哉 9月中学
⑤2006中 5 3 藤沢英紀 8月大学
⑥2006中 4 2 武 紀之 5月短大
⑦2006長 6 3 田島秀男 12月デパート
⑧2006長 5 3 添川公司「バッカス」
⑨2007短 4 2 中村雅哉 9月高校
⑩2007短 4 1 中村雅哉 短コン
⑪2008短 4 0 原田清実 11月中学
⑫2009短 4 2 市島啓樹 A順
⑬2009中 4 1 安江久男 12月デパート
⑭2010中 4 2 森 敏宏 2月短大
⑮2011短 4 2 谷口 均 5月中学
⑯2011中 4 2 相馬康幸「ボックス」
⑰2012短 4 0 芹田 修 B順
⑱2012中 4 1 石本 仰 2月大学

―5票減が1例、4票減が3例、3票減が5例になります。(2)とは逆に、ここ2年間は発生していませんね。
なお、2004・中・船江恒平作は5→3ですが、有効投票5名だった(欠席=近藤委員、棄権=山田委員)ため「受賞」となっています。

(続く)

(#4:1委員4票?)

(5)結論
さて、(1)の結果からは「今回の救済対象は、1票獲得作品より下のはずだから、受賞する可能性はない」、即ち“今回の措置は無意味”のように思えます。唯、「上位3作が強くて、1次投票で票を吸い集めてしまった」という状況ならば、1票も入らなかった作品でも「潜在的な支持」は多いのかもしれません。
そこで考えられるのは、委員長は「1次投票で票を集めた作品が“大崩れ”して4番手以下にいた作品が繰り上がる」というシナリオを想定しているのでは? ということ。しかし、(4)で見たように、1次投票から失う票数はそれほど多くならないのです。そもそも、「選考委員たちにとって全く未知だった欠点(先行作・キズ)が1次投票後に露見する」という事態が発生していないからです。
よって、「1次投票で1票も穫れない作品が受賞する可能性はない」というのが私の結論。

ところで、以上の立論の根拠となったデータは、現実の投票事例、つまり(2次投票で)1委員3票以内を前提にしたものです。「2次投票で1委員4票(以上)の投票あり」なら事情は違ってくる、というわけで、前回のコメントで「委員長からのシグナル?」という憶測を披露したわけです。

(追記:選考討議の変質)

思うに、(2)と(4)の対蹠的な趨勢の原因として、
 “豊作”、即ち「2次投票で票を入れたくなるような作品」が多くなっていること
の他に、選考討議の変質―

<1>以前は、「候補作の絞り込み」に重点が置かれ、討議により投票数は減少する傾向にあった;
<2>最近は、各委員が自分の推す作品について、他の委員にも支持を促す「売り込み」の場になっている;

―もあるのでは? 私には、風みどり氏による2013長編「トライトル」・2014長編「ガチャポン」の“応援演説”が印象的なのです。
本当にこのような変質が生起しているとすれば、私は好ましい傾向だと考えます。一見して地味でも並べ返すにつれて「良さが滲み出てくる」作品があり、そういうものにも日が当たってほしいですから。昨年受賞した真島隆志作や「枯野行」は、そんな作品だったと言えるように思いますが…。
また、選考討議の場が「あら探し」に終始してしまうのでは、気が滅入るものがありますよね。

谷川さん

今回の看寿賞第1次投票の方式ですが、人により様々な受け止め方があるでしょう。私としては、それほど強い意見は持っておりません。

さすがに、第1次投票で0票や1票の作品が、第2次投票で過半数の票を得ることはないと思います。
分析は得意ではありませんので、あくまで感覚によるものですが。

選考委員の投票傾向に変化があるかどうかは、分かりません。


なお、5月6日付コメントの返信に補足いたします。
上谷氏は、現在も米子市在住だそうです。

詰パラ表紙に登場したプロ棋士

似顔絵(私には殆ど同定不能)ではなく詰将棋作品の話です。2004年以前はT-Baseに拠り、表等では敬称略。

(1)プロ棋士の表紙登場
私が名前を知っている方のみで、四段昇段以前のものも混じっているかも。
8名で計15回になります。
「回」欄は、1回のみの棋士では空欄、最終(最新)登場は丸囲み。

年月号  名義 回
1950.06 板谷四郎
1967.10 破天荒  1
1969.02 破天荒  2
1970.05 中田章道 1
1970.11 破天荒  3
1974.09 影男   4
1981.11 伊藤果  5
1983.03 浦野真彦 1
1984.05 浦野真彦②
1984.11 中田章道②
1994.06 谷川浩司
1995.09 伊藤果 ⑥
2001.08 内藤國雄
2012.08 関浩
2016.05 佐々木勇気

(2)以前ご報告した表紙登場回数(2015/10/05の記事へのコメント)に誤りがありました―
 [誤] 5回 山本勝士
 [正] 4回 山本勝士
―原因は、1964年1月号表紙に対する修正図(同6月号)を計上してしまっていたためです。
お詫びして訂正します。

ところで、その山本氏の表紙の言葉―
「表紙登場は4度目ですが、いずれもそれから50年の星霜が流れました。」(2014.4)
―ちゃんと回数が…。ですが、注意を惹かれたのはその登場間隔でした。
(続く)

(#2:表紙久々ランキング)

(3)そこで「久々の表紙登場」の事例を(登場間隔の順に)。
[凡例]
 間隔:年・月の形で
 前:その前に何回登場したか。空欄=0回
 後:その後〃
 前回名義:異なっていた場合のみ

順 間隔 前後 作者   今回  前回  前回名義
1 47・01   佐藤勝三 2011.03 1964.02
2 44・11  2 海老原辰夫2005.01 1960.02
3 44・03 2  山本勝士 2014.04 1970.01
4 41・07   井上賢一 2015.03 1973.08
5 41・05   三宅英治 2015.09 1974.04
6 40・08   大道政治 2002.05 1961.09
7 37・00 1 1 村木徳 1999.12 1962.12
7 37・00   小笠原隆治2009.12 1972.12
9 36・08 3 2 山田修司 1999.05 1962.09
10 35・11   駒三十九 2000.12 1965.01酒井克彦
11 34・10  4 稲葉元孝 1998.04 1963.06
12 33・07   大井美好 1985.01 1951.06
13 33・05  5 金田秀信 1996.01 1962.08
14 30・03 3 4 長谷繁蔵 2000.03 1969.12
15 30・00  1 田利廣  2000.04 1970.04田利広
16 28・05  1 上田吉一 2004.07 1976.02
17 27・06 3 1 服部彰夫 1999.11 1972.05服部秋生
18 26・09 1  藤江和幸 2013.03 1986.06
19 25・00  1 青木みどり1990.12 1965.12鳥越九郎
(続く)

(#3)

順 間隔 前後 作者   今回  前回  前回名義20 24・08   谷口源一 1991.09 1967.01
21 24・06  4 古関三雄 1991.11 1967.05
22 24・00 1  八尋久晴 2013.01 1989.01
23 23・09  1 中出慶一 1999.01 1975.04
24 23・02 3  湯村光造 1999.03 1976.01
25 23・00 2  柏川香悦 1985.04 1962.04柏川悦夫
26 22・03 1 1 椎谷彰  2003.07 1981.04
27 21・04 3  植田尚宏 1998.10 1977.06
28 20・11 1 1 三輪勝昭 2013.04 1992.05
29 20・03 2 1 吉村達也 1996.03 1975.12

ここまでが20年以上のブランク。以下、
  吉田健 近藤郷 清水一男 大和敏雄 秋元龍司
  大村光良 柳田明 湯村光造 谷口均
の諸氏が続くのですが、その次に

39 17・05  1 藤江和幸 1986.06 1969.01
と、藤江氏が再登場。
(改めて見直してみると、湯村光造氏がそれより上位で「再登場」されていますね。)

(4)そこで「ブランクの繰返し」について
10年以上の長期ブランクは81回ありますが、複数回経験されているのは14名。
(続く)

(#4:長期ブランクの再現と記録更新)

3回は岡田敏氏のみで、2回の13名は(長期ブランク期間の合計の順に)
 村木徳* 藤江和幸* 湯村光造* 服部彰夫 上田吉一*
 植田尚宏 三輪勝昭* 若島正* 谷口均* 大村光良*
 小西逸生* 高野甚蔵* 安達栄司*
なお、*は‘飛び石’、つまり「長期ブランクの後1度だけ登場して再度長期ブランク」というケース。

(5)佐藤勝三氏の47年1ヶ月という長期ブランク記録を更新できそうな人は? というと―

表紙への最終登場が古い方で、最近、誌上でお名前を拝見した記憶があるのは、
 1953.06 麻植鉄山(1922生) 2013.02読者サロン
 1956.02 佐藤次衛 現役解答者(今月号だと小中学校)
 1959.12 近藤善太郎(1934生) ヤン詰だったか?
 1965.09 横山智二(1936生) 会合案内(駿棋会)
 1971.01 小西真人(1954生) 2010.05高校

ただ、かなり心許ない記憶なので、
 1955.05 杉田宇通(1931生)
 1955.12 三木正道(1932生)
 1963.03 坂巻桂治
 1969.09 宇山英気
 1970.10 山田安宏(広・廣?)
といった方々も、最近活動されているかも。

(追伸)

★「詰棋史の決定的シーン」に立ち会えれば嬉しいことですよね。それが“「ミクロコスモス」の記録更新”(馬屋原氏?)なら申し分ないのですが、作品以外にも意義深い事象はあるのではないでしょうか。私は、―

・看寿賞選考の「絞り込み」から「売り込み」への変質
・看寿賞の「同一部門複数作受賞」の拡大(恒常化、同一作者への門戸開放)

―というexcitingな「歴史的転換」が、目下眼前で生起しているのでは? と考えている次第です。

★「大学などありそうにない都市」の段級位があれば「八段 米子市」なのでは? 私はずっと、「上谷・山路両氏は鳥取市まで遠距離通学」だと思っていました。

谷川さん

47年以上の時を経て表紙登場というのは、なかなか狙ってできるものではなさそうです。
ないとは言い切れない所が怖いですが…。

なお旧パラは、あくまで参考として捉えた方がいいのかな、と思います。
関係する方はごく一部ですけれども。
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hirotsumeshogi

Author:hirotsumeshogi
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相互リンクは詰将棋関係のものであれば原則受けさせて頂きます。

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