詰パラ2015年10月号 ちょっとした感想

本日は、詰将棋パラダイス10月号のちょっとした感想を書きたいと思います。
今月の詰将棋
表紙
入選回数のペースもそうですが、この年齢で4回目の表紙登場というのも…。
勝手な願いであることは承知の上ながら、仮に活動の場を移したとしても投稿は続けて頂きたいものです。
小学校
2014年3月号の選題の言葉。
「玉自陣配置作品特集、などということも考えないといけないのかも」
こんな所に伏線が張ってあったとは。
大学院
ポルカ、舞曲のことなのですね。浮かんだのは左卜全でした…。
服部彰夫傘寿記念作品展
ますますお元気のようで何よりです。「砂丘」に続く第2作品集も視野にあったりするのでしょうか。


半期賞発表
全部門で予想が外れる…ということが今回は無くて安心しました。
3作受賞は平成11年度下半期大学院以来でしょうか。
その時の作品は、「馬×馬」「アルカナ」「乱」。
どうだ参ったか、というラインナップです。
これで利波氏の大学担当は完了ですか、8月号の感想でも書きましたが、改めて5年間お疲れ様でした。


全詰連の頁
詰工房300回例会は行きたいと考えているものの、事情があり…。
たま研までお預けでしょうか、とほほ。


名局ライブラリー
添川氏のデビュー作、最初は近代将棋の初入選作のことと考えていました。
ですが、11手詰の小品と書かれていることからすると、将棋世界の作品だと気が付きました。
昨年7月号に修正図が掲載されていますね。


「らんぶるの時代」取材記
続編があるようで(むしろ今回はプロローグでしょうか)、これは期待です!
こういった話は、出来る限り残して頂きたいと思う次第です。本人にとって著しく不名誉となること以外は。
後からの人間は、推測する事しかできませんので…。
それもまた楽し、ではありますが。


結果稿
ヤン詰
険しいプロへの道、切り開いていけるか注目したいと思います。
短期大学
小林氏の詰将棋順位戦以外の登場は、2006年9月号以来のようです。
詰将棋デパート
1だけ解いて力尽きたのが私だけではないと知り安心しました。
5、柿木先生に解いて頂いた時に、何ですかこれと思った作品です。改めて、何ですかこれは…。


編集室
先月は田中孝海氏の入選100回到達を書いていませんでしたね。
史上最高齢での達成とのこと、おめでとうございます。
2010年代に入ってから、むしろ発表ペースが上がったという印象です。

同人室、出題枠は16作ですが、3回前14作、前々回13作、前回10作と埋まっていませんね…。

短編コンクールの手数は7手。先月の予想通りで、順当と言えそうです。
比較的解答者の負担も少ないでしょうし、50作からもう少し増やしてみてはとも思うのですが。
2012年12月号には「記録的な数の投稿が集まり、抽選で漏れた方も過去最多になってしまいました」とあります。
果たして今回は。シードの方以外は、運を編集部に任せるしかないのでしょうね。
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添川公司氏作

(1)パラ2014.7「私の初入選」の2枚の図の履歴(T-Baseを用いて推定)は少し複雑―
  ○初入選作
  [1a]17手・将世1979.4
  [1b]17手・パラ1984.4読者サロン=修正
  [1c]17手・パラ2014.7=再修正
  ○姉妹作
  [2a]29手・近将1979.8研究室
  [2b]31手・パラ1984.4読者サロン=修正
  [2c]31手・パラ2014.7=[2b]の再掲
「この場を借りて紹介しておく」と書かれている姉妹作の修正図は「初出か」と私は思っていたのですが、(逆に)初入選作の修正図の方が初出でした。

(2)ついでに、T-Baseにおける「謎の添川作品」―
  添川公司15手・詰パラ1995.4・34頁
  原出典=「この人に聞いて見」
  攻方:23馬36桂76香
  受方:54玉46歩66歩78馬
  持駒:金金桂歩歩
というデータが「再掲載」として収録されています。
(なお、T-Baseの「原出典」欄は16バイトで、詰パラの場合は掲載コーナーのこと。)
しかし、T-Base内には同じ図が見あたらず、初出が気になります。
持駒の多い炙出しなので、祝賀詰・年賀詰の類か、というのが私の推測ですが。

ところで、「老人と子供のポルカ」をご存知とは、相当ご年配の方(概略55歳以上)?(笑)
私は歌手のクレジット(左卜全とナントカだったはず)は覚えていないのですが。

谷川さん

(2)ですが、詰パラ1995年4月号「この人に聞いてみよう」を読んでみました。
将棋ジャーナル1982年9月号で発表された握り詰で、北原義治氏作と衝突したと語られています。
現物を持っていないので、確認することはできませんが。

年齢は、今のところ秘密ということで…。

表紙登場4回

調査・回答ありがとうございます。

鈴川氏の偉業(おそらく史上42人目)を讃えて。
とはいっても、各氏の表紙登場4回達成時の年齢は未調査ですが―
詰パラ表紙登場(旧パラ~2015.10)4回以上の作家(敬称略)

回数 順位
 15 1 北村憲一
  9 2 柴田昭彦 岡部雄二
  8 4 長谷繁蔵 新田道雄 岡田敏
  7 7 山田修司 清水一男 金田秀信
  6 10 服部彰夫 小西逸生 藤倉満  吉田健  北川明
   伊藤果  近藤郷  古関三雄 稲葉元孝
  5 19 桑原辰雄 山本勝士 藤井孝一 湯村光造 植田尚宏
   山中龍雄 若島正  大村光良 吉村達也 山田康平
  4 29 宮本兼利 横山英男 藤井国夫 七條兼三 三吉一郎
   柏川悦夫 秋元龍司 竪山道助 椎谷彰  村木徳
   野村量 海老原辰夫 三輪勝昭 鈴川優希

[凡例]
・同順位の内では4回達成順で配列。
・2010.12以前はT-Baseによる。
・次のように「名寄せ」した―
山田修司(大友芳己)、服部彰夫(秋生)、伊藤果(破天荒、影男)、若島正(十字次郎)、山田康平(楠原崇司)、柏川悦夫(香悦)、三輪勝昭(勝明)

―「入選100回」の際には、hiroさんが何かしてくださるかな、と期待しつつ。

表紙登場4回(改訂版)

・最終(最新)登場が古い順に改めました。
・その号を並記しました。―

 15 1 北村憲一 2014.03
 9 2 柴田昭彦 1996.06
    岡部雄二 1998.11
 8 4 新田道雄 1996.09
    岡田敏  2010.09
    長谷繁蔵 2012.07
 7 7 清水一男 1997.05
    山田修司 2006.03
    金田秀信 2012.03
 6 10 藤倉満  1978.04
    北川明  1981.10
    伊藤果  1995.09
    小西逸生 1998.06
    吉田健  2001.10
    近藤郷  2003.09
    服部彰夫 2009.05
    稲葉元孝 2011.08
    古関三雄 2014.01
 5 19 山中龍雄 1979.05
    藤井孝一 1982.06
    桑原辰雄 1984.12
    吉村達也 1998.03
    植田尚宏 1998.10
    湯村光造 1999.03
    山田康平 2000.08
    若島正  2004.03
    大村光良 2005.10
    山本勝士 2014.04
(続く)

(続き)

 4 29 宮本兼利 1966.12
  30 横山英男 1974.12
  31 藤井国夫 1981.05
  32 七條兼三 1984.05
  33 三吉一郎 1985.03
  34 柏川悦夫 1985.04
  35 秋元龍司 1996.10
  36 竪山道助 2003.04
  37 椎谷彰  2007.07
  38 村木徳  2008.01
  39 野村量  2009.01
  40 海老原辰夫 2014.11
  41 三輪勝昭 2015.06
  42 鈴川優希 2015.10
以上

谷川さん

これは面白いデータですね!
北村憲一氏は別格として、新田道雄・柴田昭彦両氏が多いと考えていましたが、岡部雄二氏が2位タイとは、私にとっては全くもって意外でした。
長谷繁蔵氏は、(夏季)オリンピックイヤーである来年に登場があるかが楽しみです。
あれ、と思ったのは金田秀信氏についてです。
私のデータでは、1996.1、1998.2、2005.8、2007.12、2010.1、2012.3の6回分しか見つかりません。
恐らく、1996年1月号以前にもう1回あると思うのですが、教えて頂けませんでしょうか。

表紙・金田氏作

1962.8(11手・余詰⇒修正図:1963.3)です。

谷川さん

早速ありがとうございます。
50年以上前ですか…。1978年に出版されたという「詰将棋パラダイス表紙作品集」は持っていないので、お手上げです。

小学校の下段玉特集

前回の特集(2014.10)のときの玉配置は、
 ▽62▲83;▽33;▽52;▽42;▽72
今回の「下段玉特集」(「恒例にする気はなかったのですが、10月なので」)では、
  小16▽44;▽12;▽33;▽52;▽13▲52
ですので、受方玉に限れば「計3段の後退(前進?)」。しかも、小16のために「玉自陣配置作品特集」の条件をクリア出来ていないわけですね。
ちなみに、この間「玉自陣配置作品」は、
 2015.1小4▲18玉▽16玉
 2015.3小12▽32玉
 2015.8小6▽43玉
  同 小7▲19玉▽36玉
 2015.9小14▽52玉
  同 小15▽83玉
となっています。
「先月の小14か小15を温存しておいて、今月小16として出題することもできたのでは?」という訳で、「思い付きの特集なので」という選題の言葉になったのでしょう。
それにしても、「受方一段玉」の出題がないですね。

小学校の玉配置

ちょっとT-Baseで調べてみました――

(1)小学校出題作(1964.7-2010.12)の(受方)玉配置

段 作数(%)
1 101( 4.8)
2 223(10.7)
3 277(13.3)
4 401(19.2)
5 382(18.3)
6 332(15.9)
7 207( 9.9)
8 98( 4.7)
9 64( 3.1)
計 2,085

[凡例]
・T-Baseによる。
・「臨時小学校」は含まない。

自陣玉の方が入玉図より多いのは、私には意外でした。小学校=難解というイメージがありましたので。

(2)小学校半期賞を受賞した下段玉作品
 (但し、T-Baseで小学校&半期賞と表記されている23作品の中から)

①原田清実氏作1999.5
  受方:21玉12銀13と19角43桂62と
  攻方:45銀51銀55角
  持駒:飛香香

②金子清志氏作2007.1
  受方:43玉13銀16馬32桂41銀44歩56と84と
  攻方:14馬15龍22銀46歩54桂75銀
  持駒:飛

訂正

キーワード検索「AL=小学校」により抽出していたため、
 (i) 「作品原出典=小学」と入力されている1971-1975のデータが脱落していました;
 (ii)「作品原出典=H15上半期賞 小学」となっている作品③を見落としていました。

(1)小学校出題作(1964.07-2010.12)の(受方)玉配置[訂正]

 段 作数(%)
 1 113( 4.9)
 2 241(10.4)
 3 313(13.5)
 4 447(19.3)
 5 417(18.0)
 6 362(15.7)
 7 230(10.0)
 8 116( 5.0)
 9 72( 3.1)
 計2,311

(2)小学校半期賞を受賞した下段玉作品[追加]

 ③YYZ氏作2003.4
受方:13玉12香15と27と42銀45歩57角
攻方:16銀23銀33飛37銀
持駒:飛

谷川さん

小学校で発表された中で、直近の一段目作品は、昨年8月号の利波氏作ですかね。

小学校半期賞を受賞した下段玉作品については、ここ35年ほどですと、挙げられている他に
小林敏樹氏作(1985.7) 31玉
鮎川まどか氏作(1994.5) 33玉
山内大輔氏作(1987.1) 42玉
小林敏樹氏作(1998.11) 52玉
呉一郎氏作(2004.2) 62玉
須田将一氏作(1989.11) 83玉
がざっと調べた限りではあるようです。

玉配置オムニバス

(1)受賞作の紹介ありがとうございます。
1段目玉で半期賞を受賞した2作品―
 ④小林敏樹氏作1985.7
  受方:31玉21歩25龍27と51銀52銀53歩66馬
  攻方:14角24歩
  持駒:飛香
及び①原田清実氏作1999.5―が共に「連結ロジックによる合効かず」(仮称。原田作だと、28香に27歩合なら22飛11玉27飛成55桂22龍迄の同手数駒余り、という「香と龍の連結」)をテーマにした作品、というのは面白いなと思いました。
ちなみに、これらの作品の受賞理由はやはり「7手で表現できた」ということなのでしょうか?
9手なら、
 ⑤山葉桂・パラ1980.12短篇競作展
  攻方:57金65馬75と
  受方:59と64銀66歩72馬78と79銀95香97玉99と
  持駒:飛飛香
(パラ2015.9読者サロンの拙稿「穴沢満氏の正体?」で④として言及している作品。上下反転して飛打になっていますが)で既にやられていますから。

(2)受方玉配置の統計を詰棋校の全校にまで拡充しました。
小学校同様T-Baseを使用し、誤植再出題のものが多く二重計上されている、など若干の誤差はあるようですが、大凡の傾向を知るには十分な精度があると思います。
各校間で明瞭な傾向が看取できるようです。
(続く)

(続き)

(2)受方玉配置の統計:詰将棋学校
期間は1964下期~2010下期で、「大学補講」等の臨時開校(開講)は含みません。

  小学校  中学校
段 題数 (%) 題数 (%)
1 113( 4.9) 192( 8.3)
2 241(10.4) 341(14.8)
3 313(13.5) 369(16.0)
4 447(19.3) 363(15.7)
5 417(18.0) 376(16.3)
6 362(15.7) 277(12.0)
7 230(10.0) 206( 8.9)
8 116( 5.0) 105( 4.5)
9 72( 3.1) 80( 3.5)
 計2,311題 計2,309題

 高等学校 短期大学
段 題数 (%) 題数 (%)
1 308(13.3) 455(19.8)
2 510(22.1) 642(27.9)
3 409(17.7) 386(16.8)
4 311(13.5) 256(11.1)
5 268(11.6) 197( 8.6)
6 234(10.1) 137( 5.9)
7 120( 5.2) 96( 4.2)
8 66( 2.9) 63( 2.7)
9 85( 3.7) 71( 3.1)
 計2,311題 計2,303題

  大学   大学院
段 題数 (%) 題数 (%)
1 344(24.8) 196(21.1)
2 344(24.8) 157(16.9)
3 207(14.9) 140(15.1)
4 158(11.4) 99(10.7)
5 102( 7.3) 95(10.2)
6 82( 5.9) 95(10.2)
7 68( 4.9) 53( 5.7)
8 43( 3.1) 41( 4.4)
9 41( 3.0) 51( 5.5)
 計1,389題 計927題

(追記)類似作?

よく見ると、④小林作と、⑤山葉作の3手目以降、よく似ていませんか?
手順を文章で書くと―
[1]香/飛を遠打
[2]合駒は「連結ロジック」で無効なので、同馬
[3]馬の利きが無くなった跡に飛打
[4]玉がよろめく
[5]すかさず飛を成捨て
[6]よろめくと透かし詰なので、同玉
[7]トドメ
―作家の人はこういうのを「類似作」と感じるのでしょうか?
作ら(れ)ない人間による素朴な真情の披瀝でした。

(換言すれば)

言葉足らずだったかも…ということで――

より直截的に言えば―
 「[1]~[7]に適合する7手詰を作りなさい」 と言われたら、「詰将棋作家」なる人種はサクサクッと作図してしまえるものなのでしょうか?
 そして、この同じ「構想」から胚胎した「腹違いの姉妹たち」は、どのような多様性を示すのでしょうか?
―ということです。
要は、「構想と作図の間の距離」には「解図・鑑賞オンリー」の人種には計り知れないものがある、とでも申せましょうか。

谷川さん

短手数だと、下段で目新しさを出すのは難しいので、中段に向かいやすい。
ある程度以上の手数だと、下段でも新しく表現できることがある。
…と言えなくもなさそうですが、ちょっと分からないですね。

鑑賞において深く立ち入ることがないので、私では力不足ですね。
類似作には当たらないと思いますが…。
会合等で、作家の方々に直接お聞きすれば、納得がいきそうではあります。

北原vs添川in握り詰

玉配置・類作論への論評ありがとうございます。話は、以前のコメントへの御回答に戻りますが――

(1)T-Baseにおけるジャーナル1982.9「握り詰コンクール」(ちなみに、これが第1回で、第2回は1983.9、第3回は1985.8)のエントリーは、使用駒=角角金金桂桂香歩4(双玉が1作品)で(分別基準は不明ですが)1~22、A~Oと付番された計37作品からなります。その中には、

 [1]北原義治41手・握り詰コンクール⑧
  攻方:13香14金25桂42馬79角
  受方:11玉12歩24歩32桂44歩52歩64金
  持駒:なし
 [2]添川公司31手・握り詰コンクール⑬
  攻方:12歩35角54歩64と
  受方:31玉32桂33香42馬51歩
  持駒:金金桂

の2作品も見られます。
添川氏の言う「衝突」は、「北原氏の既発表作に追突していたので、別作品に差し替えた」の意だろうと思うのですが、その既発表作の捜索については頓挫した状態です。
なお、[2]は、銀桂の限定合と35角→25桂の打換えが売りでしょうが、29手目53と/歩成の非限定があるあたりが「急遽差替え」っぽいかな、という感じがします。
(続く)

(#2:北風老人in詰パラ)

(2)ところで、そのT-Base捜索の際、偶然同じ月の詰パラに「一握り詰」という記事(1頁建て?)があるのに遭遇しました。
  [3]森田銀杏 15手・詰パラ1982.09一握り詰
  [4]柳田 明 17手(以下同じ)
  [5]北風老人 17手
  [6]山葉 桂 19手
  [7]小泉 潔 21手
と、僅か5作で、なんとも豪華な少数精鋭メンバー。
最初は、「北原氏(北風老人)と添川氏(山葉桂)が、たまたま2つの握り詰イベントに平行出品しているな。」(実際は、柳田明氏もそうなのですが)くらいにしか考えていなかったのですが…。

北原義治氏は、鶴田諸兄主幹(1987.11.15没)と疎遠になってからは詰パラには投稿していないはず(たとえば、門脇芳雄「想い出の詰棋人⑪ 独楽の詩人 北原義治氏」詰パラ2008.3参照)なのです。
実際、T-Baseで「北原義治」名義の作品を検索してみると、新作とおぼしきものでは、
  [8]北原義治7手・詰パラ1975.08小学校
が最後の詰パラ登場のようです。
「一握り詰」はどういう趣旨(経緯)での記事で、なぜ北原氏が投稿されているのでしょう?
ちなみに、T-Baseでは「北風老人」名義の作品は、上の1作のみです。
(続く)

(#3:競演が一杯)

この握り詰記事についても、北原・添川両氏の作品を紹介しておきます―
 [5]北風老人17手・詰パラ1982.9一握り詰
  攻方:11角24桂34桂41金
  受方:13歩21玉23金32銀
  持駒:桂歩
 [6]山葉桂 19手・詰パラ1982.9一握り詰
  攻方:25桂32銀
  受方:12玉14桂26歩34馬35金
  持駒:金桂歩

余談ですが、添川氏はこの号(パラ1982.9)で、更にもう一つ「競演」を繰り広げています―
 [9] デパート④平野牧人53手
 [10]デパート⑤添川公司「恋愛する二人」67手
―2つとも「玉鋸」作品なんですね。
なお、題名「恋愛する二人」が「恋する二人」の誤植だったことは、全詰連HPの「リレーエッセイ第9回 命名の由来」で述べられています。また、添川氏の双玉作品は、他には「帰去来」しかないようです。

(3)T-Baseでは、更に
 [11]北原義・添川23手・めいと1989.7巻頭詰将棋
  攻方:34銀44銀74銀
  受方:54玉64銀
  持駒:角角香
という作品も見つかりました。「北原義治・添川公司合作」の意でしょうが、この大物同士による「合作」の経緯についても知りたいところですが…。
(続く)

(#4:衝突が一杯)

やはり、これもまた、本来は「衝突」だったのでしょうか。
実際、T-Baseで「同一作検索」を行うと、
  [11a]山下雅博23手・詰パラ1989.6詰将棋博覧会I
  [11b]山下雅博23手・詰パラ1995.7この人に聞いて見
という記事にヒットします。見事に「正面衝突」が発生して、山下氏(または他の人)がそのことを、これまた「この人に聞いて見よう」(添川氏の3ヶ月後)で述べた、ということのようです。

ついでに「一色図式で衝突」といえば、添川氏の場合、
 [12]詠人不知(添川公司)25手・近将1981.10鑑賞室
  攻方:15金24金34金43金
  受方:11玉
  持駒:桂桂桂桂
の事件もあります。T-Baseの同一作検索では、
  [12a]変幻自斉25手・詰パラ1982.2「同一作指摘」「S56.10妙華集」
  [12b]詠人不知25手・詰パラ1982.2「同一作指摘」「S56.10近将」
  [12c]添川公司25手・詰パラ1985.2賀状到来
という結果が返されるので、坂東仁市氏の作品集と衝突し(特に優先権争いもなく)そのまま年賀詰に使用されたもの、と思われます。なお、「詠人不知」名義の使用はこの1作のみで終わったようです。

谷川さん

#1
第1回握り詰コンクールは、12月号で結果発表がされたようで、そこに詳細が書かれていると思われますが、9・12月号とも実物を見ることはできていません。
出典不明ですが、北原氏作の図面は、
詰方:3六香、4五歩、7六桂、9二角
玉方:4六歩、4七馬、5四玉、6六歩
持駒:金金桂歩
のようです。

#2・3
詰パラ1982年9月号には、「第4回申棋会東西交流」という記事があります。
申棋会のメンバーらが一泊の後、柏川氏のご自宅を訪問したところ、先客として北原氏がいらっしゃったようです。
課題作として、柏川氏から握り詰が出題され、17作集まった中から5作を選んで出題となったようです(一握り詰)。
ちなみに、関係者のうち数人は、次回のたま研にいらっしゃるのではないかと思われます。
宴の席で、貴重なお話を聞くことができると思いますので、関心がおありでしたら…。私も末席を汚す予定です。

詰棋めいとについては、現在のところお手上げです。

#4
山下氏の「この人に聞いてみよう」では、同一作の件には触れられていません。
詰パラ1989年11月号の結果稿には、「衝突の件は、めいと第10号の解説にて言及される事と思いますので、ここでは触れません」とあります。

詰パラ1982年2月号p65に、読者(大舟木創氏)による指摘があります。
変幻自斉氏の作品集(1981年10月5日発行)の第61番と近代将棋1981年10月号の添川氏作が同一作で、「時間的には近将が早いが、実質的には妙華集が早い、お互い"引用"でもなし、偶然の一致でしよう」と書かれています。
半年分ほど読者サロンに目を通しましたが、両作者の言及はなかったように思われます。
ただ、「賀状到来」に関しては、詰パラ1985年4月号の読者サロンに「賀状到来の添川公司作の一色詰は「妙華集」61番と同一というより「戯玉集」上巻第4番四桂連合の収束と同一。尚近将へも某氏が発表した筈で三重衝突となりました」という変幻自斎氏の文章が掲載されています。

独楽の??

丁寧な調査・回答ありがとうございます。熟読しました。「鉄板」と思っていた推測がけっこう外れているのが面白いなと感じました。
「申棋会」「柏川悦夫の詰棋界における重み」といったテーマは、詰棋史の必修科目なわけ(それを言うなら、たま研の出席者名簿も「必修科目ばかりの履修案内」みたいなものになりますか)ですが、残念ながら、十分な吸収力を発揮できるほど私の「学習曲線」はまだ立ち上がっていないようです。
とりあえず、文献上で解明できそうな疑問などを――

(1)北原義治氏による先行作について
とりあえず、T-Baseで同一図を検索しましたが、ヒットせず。
作品集が初出か? という訳で、『古今詰将棋書総目録』から拾った北原氏の作品集のリスト―

 #  題名  番数 発行年月日 No.
 ①独楽のうた 100 1962/07/01 1248
 ②独楽のさと 100 1972/01/01 1495
 ③独楽のたに 100 1978/09/10 1771
 ④独楽のかげ 100 1979/12/10 1839
 ⑤独楽の画  50 1994/05/31 2416
 ⑥独楽の郷  100 1994/08/15 2425
 ⑦独楽の郷Ⅱ 100 1995/04/01 2463
 ⑧独楽の郷Ⅲ 50 1996/03/15 2515
 ⑨独楽の郷Ⅳ 100 2000/08/16 2709

(続く)

(#2:謎の北原本3冊)

[凡例]
・# :便宜上の付番
・No.:「総目録」における連番
[解説]
・①②は近将の付録
・③④は通称「野口ブックス」
・⑤~⑨は
  編集・発行 独楽工房・北風庵(舎人)北原碧春
  製版・印刷 東京都用賀技能開発学院
とあるが、この職能訓練施設で製版したのも北原氏のよう
・⑤(こまのえがく)は、「詰将棋が持つ多面性の中にあって"遊び"の角度から抽出・表現したもの」
・②と⑥~⑨(こまのごう)は実戦形(←「実戦形は詰将棋の故郷」)

ちなみに、私が持っているのは⑥~⑨のみです。
時期も勘案し、有望な鉱脈は①③④の3冊でしょうか。

と書いたところで、『独楽の郷Ⅲ』の「あとがき」を読んでいたら、
  当舎刊と至(ママ)ってこれで4冊目、それにムカシの2+2+3冊と、いずれも小冊子風ばかり。
とあります。④と⑤の間に小冊子3冊のシリーズが出されている??

(2)パラ1982.9「一握り詰」について
  作図の制限(所要)時間は?
という疑問が涌きました。出題の状況と作品の手数から、
  もしや「本当の握り詰」なのでは?
と思えたものですから。
その創作難度について、作図のことが分からない人間にとっての参考資料(古いですが)―
(続く)

(#3:本物の握り詰の創作難度)

[資料1]
川崎弘「即席握り詰」(『北斗』p.63)には
 [2]川崎弘9手・パラ1969.5関西フ・グ報告
  攻方:25歩32香41角
  受方:11香12玉15歩22歩
  持駒:金金銀
の創作背景として
 「即席握り詰? そんなんできるんカイナ。田宮氏主催の頃の壮棋会例会での出題である。みな夢中で取り組むこと三十分、計数局できた。検討時間がないから難しい手は入れられない。」
とあります。なお、文中の「壮棋会」はanachronismですね(1972.6.18 第1回)。
ちなみに、会合報告記事の作品は、他に
 [1]内藤国雄11手
 [3]長谷繁蔵11手
 [4]吉田健5手・余詰
ですが、[1]のみ使用駒が異なり、握り詰ではないor別課題?

[資料2]
  野崎雅男「塚田前名人の握り詰実演を観るの記」(旧パラ1950.11つれづれ草)
によれば、東京上野・松坂屋「将棋の祭典」の席上で行われ、
  第1回:約16分で9手詰(17手の変長あり)ができるが不詰
  第2回:約13分で成功
という結果だったそうな。[利波偉「旧パラを検証する 78」(『将棋雑記』2013/6/2)の復刻による]
ちなみに、投稿者の野崎氏は『借り猫かも』2014/09/14で紹介されている作家ですね。

(ひとまず終わり)

(追補:孤独な握り詰)

将棋ジャーナルの「第1回握り詰コンクール」は1982年9月号で作品が発表されたのですが、T-Baseでは、同誌のその直前の号の掲載作(頁番号は不明)として、
 ①岡田敏19手1982.6「握り詰め」
 ②吉田健 9手1982.7「握り詰め」
 ③吉田健11手1982.7「握り詰め」
を収録しています。使用駒はこのコンクールと同じなので、作品募集のための見本の紹介という趣の記事でしょうか。
さらに、コンクールと同じ号には
 ④北原義治23手・ジャーナル1982.9「握り詰」
  攻方:22角64金
  受方:42玉51桂55歩71桂72銀
  持駒:金桂歩
という作品があるのですが、こちらの使用駒は詰パラ1982.9「一握り詰」と同じ。ボツ作の「供養」か、それとも「後知恵」の産物でしょうか。
現時点では資料不足でしょうが、一応ご参考まで。

谷川さん

北原氏の場合は、ストックであって未発表という可能性もありますね…。

独楽の郷Ⅲのあとがきですが、3は郷Ⅲ以前に出されたミニ冊子(画・郷・郷Ⅱ)のことではないでしょうか。
「ムカシ」が2のことか、2+2のことかは分かりませんが。
実は他に3冊あるということをご存じの方は、指摘して頂けるとありがたいです。

握り詰創作、実際に見たことはありませんが、駒を示されてすぐに作れる人はいらっしゃるでしょうね。
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