詰パラ2015年8月号 ちょっとした感想

本日は、詰将棋パラダイス8月号のちょっとした感想を書きたいと思います。
今月の詰将棋
表紙
師匠の作風を受け継いで頂きたいような、頂きたくないような。

キッズルーム
佐藤氏の言葉、2010年10月号保育園結果稿中の(完全にではありませんが)実現ですね。


必至教室
お元気そうでなによりです。
特別同人作家であられる詰将棋の作品も、また見てみたいものです。
そういえば、「双曲線」はもう品切れなのでしょうか…。


持駒のある風景
一応休刊だと思うのですが…。まあ、今となっては示すことは同じですか。
アマレン300号→祝賀懸賞詰将棋の流れに、少しだけ、酒が飲めるぞのフレーズで有名な「日本全国酒飲み音頭」を連想しました。
私には解けないであろうことが残念です。


詰将棋の散歩道
第11表のラインナップが楽しみです。


名局ライブラリー
植田氏の塚田賞受賞回数、3回でしょうか。
第4期長篇賞、第28期短篇賞、第31期中篇賞、第54期中篇賞、第69期短篇賞の5回と手元のデータにはあります(前にも書いたような気がして怖いです)。


夢想の研究②(前篇)
昨年よりは興味深く読むことができました。少しは理解が深まったのでしょうか。
ただ、「なるほどねえ」という感じで、まだまだ私には高尚すぎるようです。
後篇は1年後だったりしませんよね…。


詰将棋デパート年間表彰
田島氏作、初(でしたよね?)の4桂連合の作者が言うことですから、思いもつかないのでしょう。
ちなみに、7歩連合そのものが、今でも珍しいと思うのですが…。
山中龍雄氏作、森田拓也氏作「北斗」、七條兼三氏作、駒場和男氏作「凌雲閣」、添川公司氏作「魁」くらいしか浮かびません。


結果稿
ヤング・デ・詰将棋
担当者というのは大変だな、と思います。
データベースがあればある程度何とかなるかもしれませんが、そうでなければ驚異的な知識が求められるわけで…。
前例等が全然出てこない僕には、絶対に務まりません(誰も頼まないって)。
指摘についてですが、あなたの記憶力が特異なのでしょう、という気もいたします。
そういえば、神谷氏は再び創作されることはないのでしょうか。
どれもこれも類似に見えて、投稿する気になれなくなった…ということがあったりして。

大学
半期賞選考が残っていますが、担当お疲れ様でした。
5年間の担当と言いますと、赤羽守氏や三角淳氏のお名前が浮かびます。
創作と両立されていたというのが、凄いと思います。
解答者として、ピリリと辛味が効いている短評が、復活するのでしょうか。
それとも、研究ですかね。

大学院
院10。
見方が求められる作品とでも申しましょうか。
興味のないことにしっかりと見よ、と強要することはできませんね。
うまく表せないのが口惜しい限りです。
5月、我が家に長期滞在中の柿木さんに手順をお尋ねした時に思ったことを加えておきます。
自力で解いて、Aを付けられないのが残念。


編集室
岡田さんはもう少し細い顔のイメージがありました…。
かつての政治家?とも思いましたが、具体的な人物は浮かびませんでした。


バックナンバーを見ていると…。詰パラ2010年12月号より。
柿久桂古-詰棋歴は80年です(95歳)。
唸るのみです。
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フナッシー

岡村孝雄「来たるべきもの」を見て、「(理論上)最短手数」という条件/記録に挑戦している「歩なし煙」の例は? という疑問が湧きました。それは、全駒煙における難条件に歩なし煙で挑戦している事例が沢山あることが記憶にあったからです。以下、磯田征一「全作品リスト:煙詰」(『詰将棋一番星』)からの抜書をベースに。

(1)全駒煙における従来の「難条件」と言えば、
 ①六種不成、②完全周辺巡り、③七種合、④還元玉都詰、⑤無防備玉
くらいでしょうか。作品数はそれぞれ0・1・5(-1)・6(-1)・14(-5)ですね(括弧内は不完全作で内数)。
歩なし煙においては、①~③への挑戦はなく(全駒煙より難条件か?)、④⑤の作品をリスト化すると―

[凡例]
 # :便宜上の付番
 完:完全性 余=余詰 不=不詰
 都:都詰 ※=詰上り58玉
 生:初形に成駒なし

# 完⑤都④生 作者  年月 誌名・題名など
1 余〇  〇今野敦夫 1970.10パラ「落武者」
2 余 〇〇 田中輝和 1971.01近将「帰京」
3 余〇   田中鵬看 1971.04近将「一匹狼」
4  〇   墨江酔人 1978.01近将 83手
5 余〇  〇原 敏彦 1979.05詰研会報
6 不〇〇  坂野孔一 1980.04パラ
7 余〇  〇伊藤 正 1981.11詰将棋の詩
(続く)

(#2)

# 完⑤都④生 作者  年月 誌名・題名
8  〇〇  大村光良 1982.02パラ「厨子王」
9   〇〇 飯田岳一 1982.02近将「M-7」
10 〇   藤本 和 1983.02パラ
11余〇※  大村光良 1983.08パラ「空間都市」
12余〇〇  大村光良 1983.09近将「都忘れ」
13余〇〇  高坂 研 1985.12近将「舞姫」
14 〇  〇添川公司 1987.05めいと
15 〇   近藤真一 1987.06パラ
16 〇〇〇 大村光良 1988.07パラ「幻化」
17 〇〇〇〇変寝夢  1990.09パラ「BLACK JACK」
18 〇   浦野真彦 2002.12パラ
19 〇   會場健大 2010.10パラ「熊と利尻島」
20 〇  ? パスファインダー 2013.05スマホ詰パラ

―なお、全駒煙では④⑤の一号局はそれぞれ
 駒場和男 1970.02パラ「父帰る」修正再出題
 駒場和男 1978.03パラ「三十六人斬り」
また、「無防備玉都詰」は全駒煙では未達成ですね(馬詰恒司「星の降る夜」近将1993.02は余詰)。
歩なし煙では、複合条件/付加条件も含めて活発な創作が行われてきたことがわかります。

(2)最短手数の事例
対して、歩なし煙での短手数記録(への挑戦)は―

[凡例]
 $ :便宜上の付番
 手:手数
 初:初形駒数
 終:詰上り駒数

(続く)

(#3:最短手数歩なし煙)

$ 完手 初 終 作者  年月 誌名・題名
1  39 21→3 飯田岳一 1978.04将棋クラブ「M-4」
2 不41 21→4 飯田岳一 1978.11パラ「FK-9」
3 余41 21→4 高坂 研 1985.12近将「舞姫」
4  41 21→4 山口成夫 1993.05パラ
5  37 22→4 柏木   2015.06スマホ詰パラ「三光鳥」

―早々と「あと2手」まで到達していたのに、「来たるべきもの」を承けて柏木作(理論上最短)が登場するまで、低調でした。
なお、新ヶ江幸弘「伏龍」の発表経過は―
 1990.11 ??手・不詰・「将」
 1993.02 85手・余詰・「将」
 1995.04 79手・詰研会報
 1997.03 同図・詰パラ・看寿賞
 2000.07 77手別案・『夢銀河』
 2003.10 75手別案・おもちゃ箱
―これらの発表が、歩なし煙での短手数記録への挑戦に対する刺激になった、という徴表は読み取れません。

「来たるべきもの」を契機に、「最短手数煙」が全駒煙・歩なし煙とも陸続と作られるようになるといいですね。

谷川さん

歩なし煙と言いますと、私は吉田京平氏作(詰パラ2012年2月号)が思い浮かびます。
ほとんど知識はありませんが…。

現在は「詰将棋一番星」でリストを閲覧できますが、「最短手数歩なし煙」として挙げられている作品の発表当時は状況が異なります。
理論上最短手数を意識していたかどうかですね。
作ろうと思わなかったか、作ろうとしたが実現に至らなかったか…。

煙詰における既成収束

吉田京平・パラ2012.2(歩無し煙)と岡村孝雄「来たるべきもの」パラ2015.5が出揃えば、話題は自然に――

この2作品はともに「傑作」として絶賛を博したのですが、短評の中には「酷評」が見られますね。それぞれに対し―

賀登屋(冨永晴彦)「89手目からの収束が見えた時、白けた。」
神谷薫「(…)取られる駒を自然に配置することで理論的最短手数を実現。ただ煙創作未経験者ないち解答者としては98玉⇒99玉型なんだなくらいの印象(後略)」
(賀登屋氏は吉田作にC評価、また神谷氏が「来たるべきもの」唯一のB評価だろうと憶測しています。)

―要するに、収束がそれぞれ
 江口伸治・パラ2005.04(もちろん飛角図式)
 駒場和男「朝霧」(初出はパラ1967.01不詰)
の流用なのが不満、ということ。
更に「来たるべきもの」への追討ちは―

有田辰次「駒場氏の「朝霧」、収束が既成手順では価値半減と思います。長手数の収束ですから……」(『ゆめまぼろし百番』308頁所引)

―既に半世紀も前に、この収束は「価値半減」と見なされていたとは!
伝統的な煙詰の価値観は「収束はオリジナルでなければならない」でしょうか。
(続く)

(#2:煙詰の収束型の枯渇?)

添川公司「(「妖精」や「龍泉洞」のような作品は例外だが)ほとんどの煙は新しい収束から作っている。そのことは一応ここで言っておきます」(『この詰将棋がすごい! 2012』p.54)

ところで、気になったのは―
岡村孝雄「煙詰の技術や価値観を用いて他の条件作を作る試みはもっと為されてよいと思うが、平成の煙作家は条件に関してあまり冒険しない?」(パラ2012.09、遠山四郎作"四金詰"結果稿)
―という論評。看寿賞選考討議でも再出する(「黄金三角」について:パラ2014.07)岡村氏の「持論(提案)」ですが、「来たるべきもの」を見た私の脳裏をかすめたのは(「冒険」とは逆の意味合いでの動機付けとして)「煙詰の収束パターンが枯渇しているのでは?」ということ。偶々、
 添川公司「枯野行」←黒川一郎「流鏑馬」
 かんかんのう「Dragon Knight」←今野敦夫「落武者」
 添川公司「はやぶさ」←飯田岳一「M-18」
 添川公司「戴冠式」←小川悦勇「ピンポン玉」
 武島広秋「泡沫」←谷川俊昭作
という既成収束の作品が続く、という事情に影響されたところ大ですが。

(続く)

(#3:来たるべきものvsはやぶさ)

さて、「煙詰では“収束のオリジナリティ”を重視するのが伝統的価値観」と私は思っていました。すなわち、既成収束から単純に逆算しただけの煙詰は、収束余詰作や変長作と同程度のキズ物扱い、つまり看寿賞なら高い公算で検討の対象外(田島秀男"三重鋸"の収束余詰による落選を想起されたい)、というのが一般的な評価だろう、と。ところが、吉田作に看寿賞第2次投票で1票(平井委員)入っているので、それほど重大視されていないのかも。
ただ、「来たるべきもの」の場合、「既成収束からの創作」という観点から、当然「はやぶさ」と比較されることになります。「はやぶさ」は、順算か?という趣向手順が序盤(創作終盤?)にも登場する不思議な作品(有吉弘敏「収束の金の追い上げを序で再現させるのは神業に近い」=短評)。但し、同様の内容が前作「土筆」で発表済、と以前指摘しましたね。いずれにせよ、「この収束」を選んだ理由付けとして強烈なものがあるわけです。対して「来たるべきもの」は、収束の流用と単純な逆算だけででっち上げた作品のように見えてしまうのですが。

(続く)

(#:Devil's Advocate)

「来たるべきもの」の名目上のウリである「理論上最短手数」について、三輪勝昭氏は「僕は駒を打って捨てるが好きで、煙詰は手数が長いほど良いと思っている。」と起筆しています(『詰将棋作家のひとり言』2015-09-12「半期賞選考 大学院」)。ただし、全体の主旨は「総論反対、各論賛成」となるわけですが。また、私も「旅に病んで……夢を見た」(パラ2015.10読者サロン)の中で、「近年の煙では"駒を消さずに粘る"という要素が評価される」と指摘しています。更に、(1つ前のコメントで)歩なし煙における最短手数への挑戦の歴史を通観したのも、「"理論上最短手数煙"は魅力的な創作課題ではなかったのでは?」という観点からです。

まあ、既成収束で「価値半減」でも看寿賞ラインは十分クリアしているし、魅力的でない(不利な)創作課題から好作に仕立てるのはむしろ偉業、という評価もあることでしょう。

以上、「「来たるべきもの」の看寿賞は決まり!」と思い込んでいた方々に少しばかり「ドキドキ感」を味わって頂ければ、と思い「あら探し」の筆を執ってみた次第。

谷川さん

選考において、作品の前例は話題になるでしょうし、収束にも及ぶかもしれません。
「既成収束から単純に逆算しただけの煙詰は、収束余詰作や変長作と同程度のキズ物扱い」というご意見には、私は賛同しかねます。
逆算にも個性が現れるのでは、と思いますので。
さらには、収束余詰作や変長作もケースバイケースと思います。
新しさがどこまで評価されるのかは、私には何とも…。

ちなみに、看寿賞2次選考における4票と3票の差は明確ではなく、時と場合によって変わりうるのではないでしょうか。
考え方が人によって異なる以上、仕方のないことだと思います。
田島氏作三重鋸も、落選はきわどい所で、異なる結果も考えられたでしょう。

吉田氏作と岡村氏作「来たるべきもの」に寄せられた短評についてですが。
賀登屋氏は飛角図式にお詳しいようで、途中で詰上りが見えてそのような短評になったのでしょう。
神谷氏は、かなり過去の作品に通じているようですので…。
いずれも見識でしょうが、私は、いずれも後世に残る作品だと思います。

理論上最短手数ですが、魅力というよりは、実現可能とはそれほど考えられていなかったのでは、と思います。
三輪さんの文章は、手順の素晴らしさの方に重点が置かれていると感じました。


文章も良いですが、会話もまたよいものと思います。
機会がありましたら、会合や詰将棋全国大会に参加されてみてはいかがでしょうか。

賀登屋・神谷短評の解釈

賀登屋氏の吉田作への短評について、私の解釈は―

好手順が次々と繰り出され、しかもどうやら(歩なし)煙らしい。「これは傑作だぞ」と期待が高まる。ところが、肝腎の収束がなんと(飛角図式というミニ煙ながら)既に使用されているもの、というアンチクライマックスで「白けた」。

―というもの。「可愛さ余って憎さ百倍」というヤツで、「収束部を重視し過ぎ」とも見えますが、その要因として「(傑作を目指す)煙詰の収束はオリジナルであるべき」という価値観が大きく寄与していたのでは? というのが私の憶測。

「来たるべきもの」に対する神谷氏の短評には伏線(期待の高まり)があるようです。
まず―

神谷薫「少々飽きてきたかなという印象。」(パラ2011.12院結果稿)

―これは、岡村孝雄「Hard」(飛道具なし煙)への短評ですが、所謂「サブセット煙」の連作に対して「そろそろ全駒煙を」という願望を表明されたものでしょう。
もう一つは、遡って―

☆(風みどり)「新しい主題が見つけにくい時代をこの作者はその分野の決定版が作れる時代と捉える。」
神谷薫「この作者のこと、盤面歩のみでは最上の表現なのでしょうね。」(パラ2010.07院結果稿)

―こちらは、岡村「Fireflies」(「豆腐煙」2号局)について。

(続く)

(#2:煙詰は"手筋物"?)

従って、「来たるべきもの」が登場した時、全駒であることを確認した神谷氏は「やっと全駒煙、しかも(理論上最短手数煙として)いきなり最上の表現で」と期待されたのでは? そのため、解いた後には、「「朝霧」型収束の流用が決定版/最上の表現ということはなかろう」との不満感から、ああいう短評になったのでしょう。

時代は遡りますが―

吉田健「収束は既成手筋に流入するが、これは問題とするに足るまい。いまや煙詰もまた"手筋物"の時代にさしかかったのである」(添川公司「妖精」に対する塚田賞選評:1983;「続・塚田賞作品の魅力(11)」所引;本ブログ2013/09/04より孫引き)

―これに対する添川氏の(塚田賞・看寿賞「受賞の言葉」等における)応答は?

なお、前回の引用の非省略版―
添川「「妖精」や「龍泉洞」のような作品は、趣向手順を入れて、残りの駒で収束、みたいなことをしているけれども、ほとんどの煙は新しい収束から作っている。そのことは一応ここで言っておきます」
―の前半部は、吉田氏のような批判(皮肉?)に対する、「趣向手順入りの煙(いわゆる順算煙)では事情が異なる」という煙詰専門家としての(矜持の表明と)抗弁のように読めるのですが。
(続く)

(#3:龍泉洞の収束)

要するに、「煙詰はまだ"手筋物"の時代を迎えていない」し、「通常の逆算煙は新型の収束から作るべき」という主張ですね。
脱線ついでに、上述の引用個所の前で添川氏は、「龍泉洞」について「結構気に入っている」と述べられています。私は、これも―

池田俊哉「収束の銀歩送りの是非はともかく、143手目と167手目の手順前後は少々いただけない感じがする。」
利波偉「取った歩を既存の銀歩送り収束で消化するのは、作者が添川氏だけに不満が残りました。」(パラ2010.08院結果稿)

―といった批判に対する、煙専門家としての矜持の表明(「ただの逆算と一緒にしないで!」)と解しています。
なお、作者コメントに「収束はよくある銀歩パターンですが、88香/97金型は初めてだと思います」とあるのですが、私はこの後半の意味、つまり香/金の位置の違いの意義がずっと分からずにいました。詰手順に違いがなかったからです。ところが、「小駒煙の収束」(『ツメガエルの詰将棋ブログ』2015/07/10)を読んで疑問氷解。あちらにコメントを寄せるのも「今更感」が強過ぎますので、この場をお借りして、謝意を表明するとともに、小駒煙研究シリーズ(まだ「雪女」型だけですが)の完結を要望させて頂きます。

谷川さん

同じ文章でも、解釈は人それぞれ。面白いものです。

「妖精」が受賞した昭和58年度看寿賞発表の記事を当たりましたが、受賞者の言葉欄はありませんでした。

添川氏のコメント、詳細な意図は何とも言えません。
いずれ出版されるであろう作品集で、語られるのでしょうか。

来たるべきものの不安

“「来たるべきもの」の看寿賞受賞について支持者の不安を掻き立てる”という狙いのこのシリーズ、前回までのお話をできるだけ「悲観的なストーリー」に仕立てておきましょう――

「現代煙詰の最高権威」といえば、文句なく添川公司氏。その氏が『この詰2012』で角建逸氏のインタビューに対し、問わず語りに漏らした「収束のオリジナリティを重視して煙詰を創作している」旨のコメントは尊重されて然るべきものでしょう。しかも、この考えは、吉田健氏の選評に現れたような「伝統的価値観」を反映した普遍性を有するものなのです。
はたして、看寿賞選考委員会の面々は、この「最高権威の託宣」に逆らった投票ができるでしょうか。
私には、

 <1>相当の蛮勇
 <2>(添川氏に匹敵する)煙詰に関する見識
 <3>「単純な逆算を超越した創作難度」の存在の主張

のいずれかがなければ、「来たるべきもの」支持が選考討議を生延びることは不可能だと思えます。
 <3>として、「"2手毎に1枚消去"の困難さ」を援用できればよいのですが、
 [1](歩なし煙ながら)柏木「三光鳥」が即座に追随した;
 [2]作者コメント(投稿時・半期賞受賞時)で言及されていない;
といった点が障害になりましょうか。

(続く)

(#2:三十六人斬の創作過程)

脱線になりますが、[2]で思い出したのが、「三十六人斬」についての―
駒場和男「あいまいといえば創作過程も。どういうふうにして作ったのかがわからない。逆算式でないことは瞭然だし、さりとて正算式でもない。いったいどこからどうやって――思い出せるのは、ただ試行錯誤の繰り返しだったことだけである。もしかしたら、ローマは一日にして成ったのではなかろうか。ある日突然天来の妙案が浮かび、一気呵成に作り上げたとは考えられないか。」(出典不明;投稿時コメント?)
―岡村氏もこういう神秘めかした(誇張した?)名調子を残していてくれたら、選考委員もラクだったのでは?

ところで、この駒場氏のコメントは『詰将棋トライアスロン』にも『ゆめまぼろし百番』にも再録されていません。もともと誇張だったのか、それとも―
橋本孝治「私がこれ(パラ1989.6発表作・看寿賞)に取り組んだ頃は、既に幾つもの無防備煙が作られていて、これが見掛けほど難しい条件ではないことが、既に分かっていました。」(『夢銀河』)
―にあるように、単純な逆算での創作が可能であることが後続作品の登場により判明し、居心地が悪くなったからなのか。

(続く)

(#3:対抗馬の実力)

最後に、「来たるべきもの」の対抗馬を持ち上げておくことも必須ですね――

添川公司「はやぶさ」に盛込まれている付加価値は、次の「7階層モデル」に要約できます―

①飯田岳一「M-18」の収束をもとに全駒化する;
②還元玉にする;
③序に、収束と呼応した趣向手順を入れる(初手・最終手が同一駒という趣向も);
④中盤、玉に55を再通過させ、その際(最後に消える)歩香を重ね打ち(▽55玉▲56歩▽54玉▲55香);
⑤玉の軌跡を[序の趣向(55→左上隅)⇒55⇒右上隅⇒右辺遡上⇒収束の趣向(右下隅→55)]とスッキリさせる;
⑥(初形に)不自然成駒なし&(手順に)龍追いなし、と現代煙詰らしく仕上げる;
⑦(準)押売り、(歩香重ね打ち)、飛のキャッチアンドリリース、積崩し、角の限定打、馬のスイッチバックといった「プチ趣向」を全編にちりばめる;

―このモデルは、必ずしも創作時の「作品のbrush-up過程」を反映したものではありませんが、鑑賞者の観点からは理解しやすいものでしょう。
注釈を少しばかり―

①だけでも作品価値ありと「煙詰業界」で見込まれていたことについて、担当・安武翔太氏の言及があります。

②までしか、作者コメントでは言及されていないのですが…。

(続く)

(#4:はやぶさ讃歌)

③は“上田吉一「モビール」の煙詰版”と呼べるものですが、その創作難度については、有吉弘敏氏の短評がお墨付になりますね。

④の構成趣向は、安武作(パラ2009.2・半期賞;玉の55再通過5回)を踏まえ、「約束の地」(▽54玉▲55香のみ)を発展させたもので、②③の様式性を極限まで引立てる素晴らしいものです。なお、「煙詰における歩香重ね打ち」の作例として、私が知っているのは添川「高天原」のみ。

⑤の作りは、還元玉都煙における先行作群とは対照的なパターンを狙ったもの。

⑥については、最近はそれほど喧伝されなくなっているでしょうか。

⑦は、「手順重視の(難解)煙」とは対照的な「趣向主体の煙」としての極北を目指したもの。

―このように、「はやぶさ」は添川煙としては手順がショボいですが、古今の煙詰の中でも構成・趣向の斬新さによる独自の立ち位置を実現し、添川氏らしい丹精込めた仕上りになっているといえます。約60作ある添川氏の煙(全駒46、小駒6、飛金なし・貧乏・歩なし・石垣・七色…)の中でも、「高天原」と首位を争える傑物だと思います。

(続く)

(#5:速報の日程&裸の王様)

詰パラHPでの看寿賞の速報(先行発表)は、ここ3年は6/26で固定されています。しかし、今年は日曜にあたっており、どうなるのか気になったので、最近の先行発表日を調べてみました。
資料として、『詰将棋メモ』の(毎年の)「平成〇〇年度看寿賞」の記事におけるchronologyを用い、当該記事の日付を読取りました―

2015/6/26(金)
2014/6/26(木)
2013/6/26(水)
2012/6/25(月)
2011/6/28(火) 掲示板で
2010/6/27(日) 「メモ」欄で※
2009/6/27(土)
2008/6/26(木)
2007/6/26(火) 但し、既に6/25付の創棋会HP記事に「発表されました」と…。
2006/6/27(火)
2005/6/25(土)

(※)「例年は速報として「看寿賞のページ」でお知らせしていましたが、今年はすでに一部書店にて本誌の販売が開始されているため、このような形とさせていただきます。」

―2010&2011の遅延の事情は不明。
2005年に「日→土」と繰上げられたらしい事例がありますね。

★まぁ、田島・三重鋸のときの橋本孝治委員のように「王様は裸だ!」と叫ぶ委員もなく、「来たるべきもの」の受賞がすんなり決まったのでしょう。「王様の耳はロバの耳」と呟いて投票を控えた委員が1人くらいはいたかもしれませんが。

谷川さん

吉田氏や添川氏の記述のみをもって、「煙詰は収束のオリジナイティが重要視される」とするのはやや弱いと考えます。
実績ある方々ですが、それぞれのコメントが影響を及ぼしたかと言われますと、ピンと来ません。
ただ、他にも裏付ける記述があれば、見方も変わるかもしれません。

「来たるべきもの」、全駒煙詰の理論上最短手数は言われてみれば73手ですが、実現させるとは思いませんでした。
また、手順にも見せ場があるように映りました。

「はやぶさ」はシンプルに、初型5五玉→詰上り5五玉は「父帰る」「約束の地」と前例があると考えてしまいました。
手腕はさすがの一言ですけれども。

選考委員が決めることですので、何とも言えませんが。
長編賞、「はやぶさ」が受賞、「来たるべきもの」が逃がすという可能性は低いと思います。
ただし、両作受賞の可能性はあるかと。

収束のオリジナリティの規範性

看寿賞発表前の最後の機会に、悪足掻きとしてもう一考――

「煙の収束はオリジナルで」という考えが「規範」となっているか、つまり「望ましい」ことは勿論、「ねばならない」という水準かが問題なわけですね。私が挙げた例は、それぞれ
 賀登屋・神谷短評:(煙の)解答者
 添川発言:煙作家
 吉田健選評:塚田賞選考委員(但し1983以前に適用限定)
という立場から「規範性」の存在を示唆したものと言えるでしょう。当然、個人差はあり、これらの方々は少数派かもしれませんが。

ここで、1例補充。糟谷祐介「イデア」での「稲村ヶ崎」の収束流用等に関し:
高坂研「そのままもってきたらダメじゃん(特に収束は)と思ってしまいますね。才能ある若手だからこそ、あえて苦言を呈しておきます。」(パラ2005.12院結果稿・総評)
(現・看寿賞選考委員のコメントというのがミソ。)

さて、目下の問題では、この規範性が更にどの程度「制度化」されているかが焦点。具体的には、収束のオリジナリティの欠如が現今の看寿賞選考において「欠格事由」ないし重大な減価事項となるか、ですね。
詰棋界では規範・制度の存否を確認するのは困難なことが多く、結論はあやふやになりますが、考察を2つ披露しておきます。

(続く)

(#2:【事例研究】H24)

選考委員間の差に着目し、吉田京平作・歩なし煙を題材にケーススタディ。

■投票状況(岡村孝雄「涓滴」との競合の影響にも配慮し、2作分を掲出)

   涓滴 吉田
委員 ⅠⅡ ⅠⅡ
浦野 ☆特
岡村  棄  棄
小林 ☆☆ ☆
角     ☆
平井 ☆☆ ☆☆
福村  特
柳田 ☆特

[凡例]
 Ⅰ:1次投票 Ⅱ:2次投票
 ☆:長編賞 特:特別賞 棄:棄権

■コメント
・柳田「収束も江口伸治作を使ったのが引っ掛かります」
・浦野委員は「新味」の不足の列挙の中で収束に言及。
・小林・角・平井委員は本作の収束には言及なし。
・岡村・福村委員は作品自体に言及なし。

■1次投票での吉田作への支持の有無の特徴は、
 不支持:煙作者(浦野・岡村・柳田)
 支持 :その他(小林・平井・角)
なお、例外は福村委員。実は、私は(2016/06/05の記事への)コメント「ミスター※」で、「福村氏は"隠れ吉田京平ファン"?」と書く予定でした(字数超過で割愛)。なので、氏の本作への不支持は特異な事象だと感じました。

件の規範意識が「不支持」にどう寄与しているのかは不明で、隔靴掻痒の憾みはありますが、煙作者が全員不支持というのは示唆に富んでいると思います。

(続く)

(#3:ざる研究)

煙詰(ミニ煙まで含む)で、平成14年度以降の看寿賞候補(1次投票で得票)は26作、歴代の受賞作は28作、計50作(重複4)あります。その内(私の乏しい知識の範囲で)既成収束の流用は―

# 年度ⅠⅡ 作者   作品
①2003 2 0 添川公司「春霞」
②2004 4 0 添川公司「妖精2」塚田賞
③2005 1 0 添川公司「海彦」
④2012 3 1 吉田京平 パラ2月・院半期賞
⑤2013 1 0 添川公司「昴」
⑥2014 2 4 添川公司「枯野行」
⑦1983…… 添川公司「妖精」

[凡例]
 # :便宜上の付番
 Ⅰ:1次投票での得票
 Ⅱ:2次〃

流用の仕方:
①森田正司氏の塚田賞受賞作(ミニ煙)から13手使用
②③定番の金ずらし
⑤自作握り詰(ミニ煙)から36手
⑥黒川一郎「流鏑馬」(非煙)から17手
⑦黒川一郎「翠翹」(全駒煙)から?手;多く流用された収束である由(『将棋雑記』2008/02/13)

酌量理由:
①故・森田氏へのオマージュ?
②長手数記録狙い
③「金ずらし3回」という趣向の一部
⑥順算の趣向手順に組込まれた収束
⑦[添川発言参照]

他におそらく、⑧嫦娥 ⑨月蝕 ⑩春時雨。

この列挙が本当に網羅的なら、「(候補段階で)既成収束の作品は排除」と言えそうですが…ザルでしょうから、ご示教を賜りたい次第。

(続く)

(#4:作品の質vs看寿賞適格性)

この論考シリーズの基底となる考え方は“「作品の質」と「看寿賞受賞適格性」の間のズレ”です。この2つの間に相関がある(良い作品が受賞する)べきなのは当然ですが、離反が存すべき場合もあると考えます。
「傑作」の受賞を阻害する要因として、「初出時に不完全」はその典型ですし、(既述のとおり)収束余詰・変長が決定的なものである、というのが私の持論。そして、本シリーズでは「煙詰の収束部でのオリジナリティの欠如」を取上げています。いくら見かけ上は好手順でも、先行作があればその部分は(看寿賞レベルでの評価では)価値ゼロであり、作品全体の評価にはマイナスに作用します。特に、それが(煙詰の収束部のように)伝統的に緊要な構成要素とされていれば致命傷になる、という考えです。
この(質と適格性の間の)葛藤を喩えて言えば、「"品評会"に泥だらけの牛を出場させる」とでもなりましょうか。いくら良い牛(詰将棋の傑作)でも、泥だらけの状態で(キズのある作品として)は品評会での審査(看寿賞選考)の対象として不適、というわけです。こういう場合は、「作品の質」を捨象して「看寿賞の品位の保持」を第一に据えた毅然たる選考態度が望まれる、というのが私の主張になります。

(追補:拾遺篇)

“「来たるべきもの」の看寿賞受賞に死角は?”という論考の最終回―

[1]チップインとの比較
制度として首尾一貫性・公平性を保持しようとすれば、「過去の落選作と同等以下の作品には授賞できない」という準則を生じます。「来たるべきもの」の場合、比べられるのは、「難解な煙」として話題になりながら落選した有吉澄男「チップイン」(2004年)。松澤成俊氏の短評には「「チップイン」を超える難解さがありながら(…)」とありますが、どうでしょうか?

[2]最長vs最短
最短手数煙では、既に新ヶ江幸弘「伏龍」79手が1997年に受賞。
一方、最長手数煙での受賞は1983年の添川公司「妖精」のみ。
従って、今回「来たるべきもの」が受賞すると、最短手数煙の受賞実績が最長手数煙を上回る訳ですが、記録への注目度は最長手数の方がずっと大きく、均衡を失することになるのでは?

[3]票読み
吉田作・歩なし煙に関する事例研究からは、「煙詰作者は既成収束の煙への支持を忌避する傾向がある」ように見えます。今回の選考委員会では、(岡村孝雄氏の他には)柳田明・高坂研の両氏が該当。唯、お二人とも「手順重視の煙」で傑作を発表された実績をお持ちで、「はやぶさ」より「来たるべきもの」を支持しそう、と言えるかもしれません。

谷川さん

「来たるべきもの」の収束は、見覚えがないではありませんが、細かい所では異なるように思います。仮に過去の作品と重なるという判断をしたとしても、全体を見ますと、評価を下げることにならないと考えます。

キズはケースバイケースというのが私見というのは、以前書いたと思います。
看寿賞選考を見てみますと…。
平成17年度の田島氏作や「シンメトリー」は、収束の変長に触れた上で過半数の委員が投票し、受賞しています。
平成18年度の田島氏作は、収束について議論がなされ、ぎりぎりの所で受賞を逃しております。

平成16年度は「木星の旅」が異論なく受賞、さて他の作をどうするか…という議論の中で、「チップイン」「妖精2」「風の精霊」で票が割れたようですね。
「妖精2」は1次投票で4票(6票中)を獲得しており、惜しかったのは確かです。年度が違えばあるいは…ということで、受賞に至らなかったのは必然ではないと見ます。
また、「伏龍」発表当時、当然「来たるべきもの」は未発表であり、最短手数の煙が2作受賞しても、不均衡にはならないと思います。

煙詰の収束を洗い出す気力は、残念ながら私にはありません。

間もなく看寿賞発表、さてどうなりますか。
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