半期賞受賞回数(総合・部門ごと)

看寿賞・塚田賞に続き、このシリーズの締めくくりとして半期賞を扱いたいと思います。
以前に、半期賞多部門受賞者という記事を書いたことがありますが、今回は回数という視点です。
なお、昭和53年までの受賞作については、石沢孝治氏が書かれた「半期賞作品集」に拠ります。
半期賞(8回以上)
谷口 均 18回(昭46上中・昭47下小・昭52上高・昭54下小・昭57上中・昭60下高・平7上中・平8下高・平9上中・平10上高・平19上高・平19下小・平20上高・平20下短・平21下小・平21下中・平22上小・平23上中)
上田吉一 14回(昭43下大・昭46下高・昭47上短・昭47上院・昭48上大・昭48下院・昭50上高・昭50上大・昭50上院・昭53中・昭54上短・昭54下短・昭56下短・平4上院)
若島 正 13回(昭43上高・昭43下院・昭46下院・昭47下短・昭47下大・昭48下短・昭59上短・昭62上大・昭63上短・昭63下短・平7上院・平7下短・平23下院)
大橋健司 13回(昭61上高・昭61下短・平元上高・平元下短・平元下大・平2上中・平3上大・平4下短・平5上高・平5下高・平6下大・平7上高・平26上大)
赤羽 守 12回(昭58下小・昭58下中・昭59上中・昭59下中・昭61下中・昭62上短・昭62下院・昭63上高・平元下院・平13下大・平20上院・平20下高)
有吉澄男 11回(昭55下短・昭56上高・昭57下幼・昭63上小・平7下高・平16上院・平16下中・平16下高・平17下短・平18上中・平19上短)
山田修司 10回(昭40上高・昭40下高・昭41上大・平7上大・平11上短・平11下高・平11下大・平16下大・平22上中・平22下高)
添川公司 9回(昭56上幼・昭59下院・昭60下院・昭63上院・平18上院・平22上院・平22下院・平24下院・平25下院)
小林敏樹 9回(昭60上小・昭60下小・昭62下幼・昭62下小・昭62下中・昭63上中・平10下小・平15下小・平16下小)
伊藤 正 8回(昭51下高・昭54上幼・昭54下院・昭55下大・昭56下大・昭58上短・昭58下院・平11下院)
参考 塩見一族 17回(昭58下幼・昭62上幼・平元上幼・平2上幼・平2下幼・平3下幼・平4上幼・平4下幼・平5上幼・平5下小・平11上小・平12上小・平13上小・平14上小・平14下小・平15上小・平16上小)

長らく上田氏が最多でしたが、平成21年に谷口氏が15回と記録を更新しました。
平成25年以降、詰将棋パラダイスでの発表がないように見受けられますが、華麗な登場を期待したいです。
以下、各部門ごとの3回(幼稚園のみ2回)以上受賞されている方を列記しています。


幼稚園(正式な半期賞が制定されていた昭和30年上~昭和39年上・昭和53年~平成6年下)
行き詰まり 5回(平元上・平2上・平2下・平3下・平4下)
仲西哲男 2回 (昭63上・平5下)
金子清志 2回(昭63下・平元下)
呉 一郎 2回(平4上・平5上)
参考 塩見一族 9回(昭58下・昭62上・平元上・平2上・平2下・平3下・平4上・平4下・平5上)


小学校
小林敏樹 6回(昭60上・昭60下・昭62下・平10下・平15下・平16下)
谷口 均 5回(昭47下・昭54下・平19下・平21下・平22上)
酒井克彦 4回(昭37下・昭38上・昭39上・昭40上)
YYZ 4回(平11上・平14上・平14下・平15上)
谷本治男 3回(昭41下・昭59上・平24上)
千葉豊幸 3回(平22下・平24上・平26下)
参考 塩見一族 8回(平5下・平11上・平12上・平13上・平14上・平14下・平15上・平16上)


中学校
谷口 均 6回(昭46上・昭57上・平7上・平9上・平21下・平23上)
赤羽 守 4回(昭58下・昭59上・昭59下・昭61下)
稲富 豊 3回(51~58号・昭37上・昭40上)
秋元龍司 3回(昭51下・昭52上・昭55下)
大和敏雄 3回(平4上・平8上・平9下)
長壁敏雄 3回(平11上・平11下・平13上)
中村雅哉 3回(平16上・平18上・平18下)
千葉豊幸 3回(平22下・平23下・平25上)


高等学校
谷口 均 6回(昭52上・昭60下・平8下・平10上・平19上・平20上)
大橋健司 5回(昭61上・平元上・平5上・平5下・平7上)
山田修司 4回(昭40上・昭40下・平11下・平22下)
藤井孝一 3回(昭37下・昭46上・昭59下)
南 倫夫 3回(昭44上・昭44下・昭47上)
有吉澄男 3回(昭56上・平7下・平16下)
岡本眞一郎 3回(昭61上・平6下・平22上)
宗岡博之 3回(平3下・平6下・平8上)
三輪勝昭 3回(平3下・平23上・平26下)
中村雅哉 3回(平14上・平17上・平19下)


短期大学
若島 正 6回(昭47下・昭48下・昭59上・昭63上・昭63下・平7下)
上田吉一 4回(昭47上・昭54上・昭54下・昭56下)
小西真人 3回(昭52上・昭53・昭55下)
有吉澄男 3回(昭55下・平17下・平19上)
大橋健司 3回(昭61下・平元下・平4下)
波崎黒生 3回(平6下・平18下・平19下)


大学
山田修司 4回(昭41上・平7上・平11下・平16下)
大橋健司 4回(平元下・平3上・平6下・平26上)
上田吉一 3回(昭43下・昭48上・昭50上)
服部彰夫 3回(昭54上・昭57上・平19上)
井上徹也 3回(平17上・平17下・平26上)


大学院
添川公司 8回(昭59下・昭60下・昭63上・平18上・平22上・平22下・平24下・平25下)
田中 至 4回(昭38下・昭39下・昭41上・昭41下)
若島 正 4回(昭43下・昭46下・平7上・平23下)
上田吉一 4回(昭47上・昭48下・昭50上・平4上)
橋本孝治 4回(昭57下・昭60上・昭62上・平11下)
近藤真一 4回(昭58上・平6下・平12下・平13下)
井上徹也 4回(平16下・平22下・平23上・平24下)
駒場和男 3回(昭32下・昭42上・昭42下)
伊藤 正 3回(昭54下・昭58下・平11下)
赤羽 守 3回(昭62下・平元下・平20上)
田島秀男 3回(平11下・平17下・平25上)
谷川浩司 3回(平14上・平14下・平17上)
安武翔太 3回(平18下・平20上・平21上)



この記事が載る頃には、既に詰将棋全国大会は終了しているはずです。
果たしてどうだったのでしょうか…。
次回以降は、参加記を更新する予定です。
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異名義の扱いは?

塩見一族については、(半ば明示的に)本表では名義別に計算し、「参考」として合算した数字が出されています。また、看寿賞に関する記事(2015/07/10)では、伊藤正氏の「馬×馬」(平11長)について、「I. TADASHI名義での発表」と注記した上で合算してありました。
なので、本稿では(異名義に関する注記がないので)塩見一族以外も「名義別に計算」だと思っていたのですが、以下のように合算している例が見られます。――
・十字次郎(昭43上高)⇒若島正
・赤羽土地(昭63上高)⇒赤羽守
・山葉桂(昭56上幼)⇒添川公司
・六車家々(昭54下院)、I. TADASHI(平11下院)⇒伊藤正
・服部秋生(昭54上大、昭57上大)⇒服部彰夫
――よって、凡例の記載を希望します。
ちなみに、詰パラ誌による扱い(平成19下期以降の受賞記事での回数表記)は、若島氏12回(2012.4)、赤羽氏11回(2009.4)、添川氏8回(2014.4)となっているので、一貫して「名義別に計算」ですね。

谷川さん

ペンネームであることが(私の知識の範囲内で)判明している分を合算してあります。
塩見一族については、それぞれの名義で多く受賞の実績があること等を考慮し、別々でカウントしました。
ただ、合算した方が一貫していたかもしれません。
対象は以下の通りです(敬称略)。

赤羽守…赤羽土地名義
伊藤正…六車家々・I.TADASHI名義
金子清志…荻野目洋名義
添川公司…山葉桂名義
若島正…十字次郎名義

服部氏に関しては、入選回数は引き継いでいますので、名義も引き継ぎでよいのではないでしょうか。

銀河鉄道

単純な質問だけで失礼します――

伊藤正氏の「昭54下院」の発表履歴は、
①六車家々(無題)99手・詰パラ1979.9院・半期賞
②改良:伊藤正「銀河鉄道」109手・余詰・『三百人一局集』
③修正:伊藤正「銀河鉄道」105手・『この詰将棋がすごい! 2012』p.136
だろうと推定しているのですが、正しいでしょうか。
③を見たとき、原図を見ようと、T-Baseで探したのですが見つからず(「六車家々=伊藤正」とは気づかなかったので)「T-Baseも杜撰だな」と濡れ衣を着せてしまいました。

谷川さん

私は①~③しか存じ上げません。
ちなみに、お持ちかもしれませんが、「三百人一局集」には「森田正司氏のアドバイスにより発表図に一部手を加えてあります」と書かれています。

半期賞授賞数

「3作受賞」が話題になっている、ということで、授賞数の推移を調べてみました――

[記号]
 ×:なし
 ―:1作
 〇:2作
 ◎:3作

年 期小中高短大院
1994下――〇―――
1995上――――――
1995下×―――――
1996上――――――
1996下――――――
1997上―〇―〇――
1997下――――――
1998上―×――――
1998下――――――
1999上〇―――――
1999下―――――◎
2000上――〇―――
2000下――――×―
2001上――――――
2001下――――――
2002上〇〇――――
2002下――――〇〇
2003上〇―――――
2003下〇―――――
2004上―――――〇
2004下――――〇―
2005上――――〇―
2005下―――――〇
2006上〇〇――――
2006下――――――
2007上―――――×
2007下〇―――――
2008上―――――〇
2008下×―――――
2009上――――――
2009下――――――
2010上―――――〇
2010下―〇―×―〇
2011上×―――――
2011下―〇―――〇
2012上〇――――〇
2012下―――――〇
2013上――〇―――
2013下――〇―――
2014上――――〇―
2014下――〇―×―
2015上――〇―◎―

(続く)

(#2:インフレ)

[調査法]
①T-Baseで常続的に半期賞記事が収録されている1994下期~2010上期のデータをもとに、
②2004下期~2015上期は、実誌面で(も)確認。
(①は収録漏れ・抽出漏れがある可能性あり。)

[所見]
(1)2002上~2006上は、毎期「増賞」が行われた"第1次インフレ期"でしたが、2010上期から"第2次インフレ期"に入っているようです。
(2)第2次インフレ期前段の元凶は大学院の風みどり氏(2010上~2013上)で、7期の間に実に12賞も推挙されています。前任の大崎壮太郎氏(8期で8賞)、後任の安武翔太氏(現時点で4期4賞)とは対照的。作品の質・量の向上によるものか、規律の無さによるものかは断定できませんが。
(3)第2次インフレ期後段(2013上~)の担い手は「高校」ですが、2014上期から担当が交代しており、宮原航氏と仲西哲男氏による2賞ずつの増賞となります。高校からの看寿賞受賞が2005下期の高坂研氏以来途絶えているのとは裏腹の関係ですね。
(4)短大担当の石黒誠一氏(1998下~)は34期で増賞ゼロ、と実に規律があります。立派な人なのでしょう。それともただの変わり者?
(5)「本題」というべき"複数授賞の是非"については、「半期賞落選⇒看寿賞受賞」の事例を見てから論じたいと思います。

谷川さん

私が持っているデータと照合したところ、1箇所食い違いがありましたが、発表号を見てみるとこちらが間違っていました。

半期賞3作受賞は異例ですが、…「詰パラ2015年10月号 ちょっとした感想」の内容と重なりますので省略いたします。

「本題」はこれからのようですので、短いですがこの辺りとさせていただきます。

複数校同時受賞

半期賞予想が話題になる時期ということで、半期賞ネタを続けます―

(1)T-Baseにおける半期賞データの収録状況:
 1961下
 1963上下
 1974上~1977上
 1990下
 1994下~2010上

 キーワード「半期賞」で検索しているのですが、漏れがあるかも。

(2)これによる半期賞の「複数校同時受賞」データ(2004下期以降を本誌により増修補):

年 期  作者  小中高短大院
1963上 酒井克彦 〇〇…………
1976上 佐々木聰 …………〇〇

1998上☆原亜津夫 〇……〇〇…
1999下 山田修司 ……〇…〇…
2000下 伊田勇一 ……〇〇……
2001上 新ヶ江幸弘………〇…〇
2002上 中村雅哉 ……〇…〇…
2003下 岡村孝雄 〇…〇………
2004下 有吉澄男 …〇〇………
2006上☆武 紀之 ……〇〇〇…
2009上 山田 淳 ……〇…〇…
2009下 谷口 均 〇〇…………
2010上 岡本眞一郎……〇…〇…
2010下 千葉豊幸 〇〇…………
2012下 芹田 修 …〇…〇……
2013下 宮原 航 〇〇…………
2014下 千葉豊幸 〇…〇………
2015上 広瀬 稔 ……〇…〇…
(☆:3校同時)

看寿賞・塚田賞とは対照的に、長編作が関わらないケースが多いですね。
(続く)

(#2:半期優秀)

(3)本編の記述による補足―

年 期  作者 幼小中高短大院
1972上 上田吉一…………〇…〇
1972下 若島 正…………〇〇…
1975上☆上田吉一………〇…〇〇
1983下 赤羽 守…〇〇…………
1987下☆小林敏樹〇〇〇…………
1989下 大橋健司…………〇〇…

(4)T-Baseにおける「半期賞」の初出は、上述のパラ1962.03における幼~院の受賞作6作の再掲ですが、その他に、
  詰パラ1957.08・65-66頁「上半期優秀」
として、
 ①荻野修次 7手・ヨチヨチ
 ②小西逸生 9手・幼稚園
 ③三枝文夫17手・小学校
 ④吉田栄一17手・中学校
 ⑤古関三雄49手・高等学校
 ⑥北原義治95手・大学
 ⑦大関信雄47手・研究科
の7作が再掲されています。小・中学校が同手数というのは不審ですが、とりあえず「半期賞」との関係は? ちなみに、キーワード「半期優秀」でヒットするのは此処だけ。
なお、7作品の初出は、②が2月号、①③⑤が3月号、④⑥⑦が5月号です。また、これら「受賞作」の再出記事として、
 ①パラ1982.12・8頁「紹介」
 ②パラ1960.12「私のベスト10」4
 ③パラ1977.12「中編名作選Ⅰ」61
 ④〃 63
 ⑥近将1968.11「名局リバイバル」
 ⑦奇策縦横427番
があります。

(続く)

(#3:看寿賞受賞作の出所)

コメント「半期賞落選⇒看寿賞受賞」が長くなりそうなので、そのside dishとして用意していたデータをここで先出ししておきます―

[1]紙誌別
 詰パラ  135
 近代将棋 23
 詰棋めいと 3
 将棋世界  2
 解答選手権 2
 旧パラ   1
 ジャーナル 1
 日本経済  1
 報知新聞  1
 おもちゃ箱 1
  (計)  170

[2]詰パラのコーナー別
 幼稚園  1
 小学校  3
 中学校  8
 高等学校 8
 短期大学19
 大学  18
 大学院 43
 順位戦  7
 デパート 5
 表紙   3
 同人室  1
 短期段位 1
 特別懸賞14
 特設企画 4
  (計) 135
[注]特設企画:詰将棋博覧会、煙詰コンクール、大道棋冬季臨時、裸玉展覧会

注意を惹いた点は、

〇短編コンクール(前身を含む)から全く受賞作が出ていない。⇒(作家の方々から)重視されていないということ?
〇中学・高校・順位戦が拮抗。⇒高校がもっと頑張っていてもよさそうな気が…。
〇短大と大学も拮抗。⇒中編では「長手数の暴力」(手数が長い方が有利、ということ)は存在しないのかしら?

谷川さん

#2
新パラができてそれほど経っていない頃の詰将棋学校の区分が、現在とは大きく異なっていたということですかね。
「半期賞作品集」には収録されています。

#3
確かに、短編コンクールからの看寿賞受賞作が思い浮かびません。
はっきりした理由は、ないように思われますが…不思議です。

半期賞落選⇒看寿賞受賞

塚田賞⇒看寿賞について行ったデータ整理の「半期賞版」…と行きたいところですが、T-Baseに半期賞データが常続的に収録されている1994下期以降のみとなります(2004下期以降は本誌で確認)――

①1998下・院 橋本孝治61手"七種合"
・受賞:信太弘211手=看寿賞

②2000下・院 安達康二「夢の車輪」69手=看寿賞特別賞
・受賞:近藤真一123手"全駒煙"=看寿賞長編賞

③2008上・短 中村雅哉「奔龍」21手
・受賞:村田顕弘29手"4香連打+飛先飛香"
 次点:岡本眞一郎 短25

④2011下・院 井上徹也「特異点」211手
・受賞:若島 正63手"4種不利合"=看寿賞
 及び 真島隆志59手"3種5連続合"=看寿賞
・以下「院2上田作は…、院5岡村作の…、院6添川作も…これではキリがない。井上作も精妙であったし、深和作には…」

⑤2012下・短 廣瀬崇幹25手
・受賞:芹田修19手"蟻銀"=看寿賞
・次点:芹田修 短15

⑥2014下・中 真島隆志11手
・受賞:水谷創11手
・次点:武島広秋 中10
 及び 本作 中20

⑦2014下・院 添川公司「枯野行」147手
・受賞:吉田京平233手"車井戸×杏連置"
・次点:馬屋原剛「ガチャポン」院2
 及び 本作 院8

(続く)

(#2:選者心理)

「次点」は、選評の文意・登場順からの推定を含み、並び順は登場順のままです―

(1)最近になって急増しているのは、看寿賞の授賞数の増加によるのでしょう。

(2)(③以降では)「単独次点」という作品がないのが興味深く、「増賞しても"授賞漏れ"(看寿賞級の作品に授賞できなかった)を減らす効果は僅少」という判断から、「半期賞増賞の必要性はない」という主張を導こうとしたのですが…。
「風みどりの玉手箱」2011/07/07に面白い記述が―
・2作受賞も、変長もすんなり通過でなんだか肩すかしを食った気分。
・(「奇兵隊」が看寿賞を取る事が前もって判っていたら、半期賞は最初の予定通り「放れ駒」にすればよかったかなぁ)
―前の引用個所からは、変長作(「シンメトリー」)を含む2作受賞となった半期賞の担当者が、看寿賞選考でそれが追認されるか、固唾を呑んで見守っていたらしいことが窺えます。その反面、後者からは、半期賞の選定にあたり担当者は「選に漏れた作品が看寿賞を取ったらまずい」といった配慮は、それほど行っていないのかも、と思わされます。
というわけで、「半期賞増賞は絶対不可」と公の場で主張するのは今暫く差し控えておこう、というのが私の現在のスタンスです。

(続く)

(#3:ガチャポンの悲劇Ⅰ)

(3)⑦に関して、看寿賞選考での得票経過を、2次投票で得票した全作品について―

 作者 半期賞 ⅠⅡ
 糟谷 (Web発表)4 6
 石本 上半期賞 3 1
 吉田 下半期賞 3 2
 馬屋原 〃次点 3 3
 添川  〃次点 2 4

一次投票(=Ⅰ)では、ほぼ半期賞の選評のとおりの順位。それが二次投票(=Ⅱ)で完全に逆転。性格の似た3作品が票を食い合って共倒れ、その間隙を縫って伝統的な「煙詰偏重」が勢力回復、といった図式でしょうか。これもまた、「超長編(と煙)以外の長編作品の悲哀」の一面と言えそうです。
「看寿賞"超長編部門"の分離」を唱導される方には援用して頂ける事例かと思い、考察してみました。

(続く)

(#4:ガチャポンの悲劇Ⅱ)

ところで、馬屋原作品の命名について、『この詰将棋がすごい! 2015』pp.88-89から抜粋―

 詰工房とかではもう、本当に酷評で。
 詰工房の大人たちにはまったく支持されず(笑)。
 「ガチャポン」がもう皆さん完全否定で(笑)。

―要は、「ガチャポン」を筆頭に、詰工房では不評だった、ということのようです。
選考会で「ガチャポン」に投票しなかったのは、岡村・角・福村の各委員と柳田委員長で、柳田氏は第2次投票コメントでわざわざ、
  次点は「ガチャポン」
と明記されています(投票は「百千帰」「枯野行」)。
そこで気になるのは、詰工房で酷評したという大人の皆さんの中に柳田氏が含まれていたのか、という点。
もしかしたら、「ガチャポン」は「命名が悪くて(不評で)看寿賞を逃した作品」かもしれません。看寿賞選考記事を読んでいて命名に関する苦言(特に、命名されていないことについて)を目にした記憶はありますが、「命名がらみで受賞を逃した」という事例はこれまで皆無だったと思います。

谷川さん

半期賞、受賞級が2作でしたら、無理に1作に絞る必要はないのではないかと思います。3・4作…とある場合は、そうも行きませんが。
半期賞に漏れた作品が看寿賞となった場合も、選考方法が異なりますし、担当者の面目が潰れるとは思いません。

題名が選考に影響したというのは、どうでしょうか…。
「ガチャポン」というタイトル、私は結果稿を読んでなるほど、と感心しました。

蛇足ですが、1994年までは幼稚園も詰将棋学校に含まれていましたね。
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hirotsumeshogi

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