自画自賛 北原義治氏(近代将棋昭和41年2月号)

詰将棋作家の自慢の一局を紹介する「自画自賛」、今日の更新分は北原義治氏です。
北原義治

(34.1 本誌)
自画自賛北原氏作

 新年号から復活した”自画自讃”の第二回に顔を出して、昔をしのべば、感もまたひとしおである。思えば、”王将”が華やかに存在したのが昭和二十九年だから、もう一昔以上も前だ。「年々歳月人同じからず……」とやら顔ぶれも随分と変ったもんだ。ということは、当時が我が詰将棋に寄せる情熱の最盛期だったのだから、もう心臓に毛が生える程の古さになっちまってる、ってことだ。
 その間、いろいろなことがあった。まず、身辺の状況が一変した。本誌で入選百回のトップを切って記念会をやって頂いたりもしたが、詰将棋そのものに根底から情熱を失わせるような出来事も一回ならずあった。人なみに恋もした…いや、しようとした。そしてそれを失い、まだこの詰将棋界に老残の姿をさらしている。この悲しい玩具にすがり付く自分が無性に虚しくて仕方がなかったが、また昔の古巣へ帰って来るあたり、この”さまよえるオランダ人”は、やはり「詰将棋」という不思議な玩具にしか救いがないのかも知れない。……おや、少し脱線した。元へ戻そう(。)
 とにかく、初入選(27・1月号)以来発表数五百余、自分でも正確な数の判らないくらい多数になったが、悲願の旗印「図巧、無双に比肩し得る作品集」なんてどこへやら、自ら「快心作」なんていえるものは、殆んどない。もっとも、今からだって、再び我が詰将棋に寄せる”心”になにかが息を吹込んで蘇らせてくれれば、素材ノートに眠っているものだけでも斯界を席捲するくらいは……なんて気は、どこかの片隅に残っていなくもないんだが。
 さーて、何か自讃することになって改めて眺めるに及び、石っころのみやたらと多く、玉の少ない我が可愛い豚児達にも驚いたが、やはりその中で一局取り出すとなると、何をおいてもこれしかあるめえ。
 上図、我が情熱も最盛期のころ、そのころで着想から完成までに十年近い時間をかけ、充分に冷却もした苦心作だ。(苦心作必ずしも快心作といえない場合が多いのは間々あることだが)
 曲詰にして、不自然でない序型。それに、駒数のバランスの取れていることは佳作を生む一つの要件になっている気がするが、飛・角・金・桂・歩が各2、銀4枚とすべて割切れている。詰将棋にもリズムがあり、古典派に非ざる現代型の、特に古図式の世界から数歩進んだ曲詰の重要なポイントであるリズムとバランスの点で、自作中の数少ない「完成作」だと信じている。
 ご用とお急ぎでない方は、並べてご覧。さりげなくスタートし、2五銀から龍を据えかえたときのちょっとした変化、8七龍の潜在効力を生かした馬のダイビング、8四龍に7四金引の応酬、切って落とした金をすぐに打って、捨て、馬の四回目の跳躍によるクライマックスの収束で、我がイニシャル「Y」が浮き出る。最も得意の中篇、それも若さと情熱を傾けていた頃とは申せ、神さまが味方してくれた気のする快心作である。
4六馬  3四玉  2五銀  同 玉  3六龍  3四玉
4三桂成  同 玉  5四銀  同 玉  6四馬  4三玉
4二馬  5四玉  6四金  5五玉  4七桂  同 馬
5四金  同 玉  8四龍  7四金引  同 龍  同 馬
6四金  5五玉  6五金  同 馬  6四馬  同 馬
5六龍まで31手詰
※昭10・5・31 東京生れ 現在学生なみの「訓練生」棋力四段 初入選昭27・1月号詰パラ 塚田賞受賞6回 自作集「独楽のうた」あり

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