塚田賞作品の魅力(24)(近代将棋昭和54年6月号)②

森田銀杏氏の連載「塚田賞作品の魅力」、第24回の続きです。
今回は第43期の受賞作を掲載します。
第43期塚田賞受賞作家
短篇賞 岩城博哉
   駒形駒之介
中篇賞 北原義治
長篇賞 近藤 孝
昭和49年1~6月号


この期も目をみはるような話題作は少なく全般的に低調気味でした。これは作家たちを刺激するような催しや読物などが、この頃にはあまりなかったのもその一因でしょう。その中で、短篇分野で岩城氏の連続受賞がひときわ輝いていました。


短篇賞 岩城博哉作


第43期岩城氏作

岩城博哉作(49年5月号)
2四桂 2二玉 2三飛 同玉 3四銀 2二玉 1二桂成 同香 1三馬 同香
2三歩 3二玉 2二金まで13手詰
塚田九段「本作はかなり難かしいところがあり、桂成すてから1三馬の味を買った。駒形作と甲乙つけ難く、両作受賞に決めた」
本作は、最初から作意手順を見てしまった人には、その良さはあまり感じられないかも知れません。素直な形の実戦型なので、気軽に取り組むと、いやはやどうして、いろいろな手があってなかなか本筋が摑めないのです。その紛れが、いずれも1五歩に関係なことに気づいたあと、これを能(はたら)かせる筋を考えて、ようやく1二桂成から1三馬(同玉なら2三金)の捨駒に思いが至ります。
この紛れの強烈さは持駒の豊富さからきています。すなわち3手目は2三歩でよいところが飛車になっているために、作者の予期しない誘手がいっぱい生じているからです。この強力な持駒で余詰が生じなかったのは不思議なくらい。その結果、おそらく作者が予想した以上に、作意順を見つけにくくしており、某ベテランをして”不詰”といわせるほどの難解性を発揮しました。
前期の受賞作が殆ど紛れのない形であったのと対照的に、本作は誘手がいっぱい。これは入選3回目の作者が意図して演出したものではなく、既存の詰手筋に染まっていない新鮮な感覚の産物と思われます。
作者「連続受賞、正直のところ何かピンときませんね。詰棋に心底から没頭した末の受賞であればまた違った感慨も湧くでしょうが、今はまだ修業の段階で、”奇跡もこれまで”というのが偽らざる気持です。この作品に関していえば、歩でよい持駒を飛車にしたところが、変化まぎれが倍増して成功したのではないかと思います」


短篇賞 駒形駒之介作


第43期駒形氏作

駒形駒之介作(49年5月号)
3三飛 2二玉 1三飛右成 同銀 3一飛成 1一玉 1二歩 同玉 2三金 同玉
3二龍 同玉 3三歩成 3一玉 4二角成まで15手詰
塚田九段「金捨てから3二龍は、実戦型とは違ったふくみがあって、好感がもてる」
初形から、2四銀を移動させて3三角成の筋――と睨んだ解答者には、いくつかの紛れがあります。その一つは3手目1三飛左成、これは3二玉で逃れます。もう一つは3一飛成、1一玉のあと、7手目に3三角成とする手。これは2二打、1二歩、同玉、2三金、同銀(他の合駒の場合はここで3二龍以下)、同馬、同玉、3三龍、1二玉……にて逃れます。作意手順の方はあくまで3三角成とせず2三金から3二龍と捨てるのが、ちょっと変った味の捨て方で、本作の主眼でしょう。ただ、3二同玉の詰み形は、5手目3一飛成のときに同玉、3二金、同玉……の変化においてすでに現われてしまっているのが惜しいところ。作者にとっても不本意であったに違いありません。
野口益雄というこの作者の本名は読者にはおなじみの筈。このときすでに「貧乏図式」「石火図式」と、二冊の作品集を自ら出版していましたが、その後「図式青竜篇」「千里図式」と、さらに各百番の短篇集を出されました。このような自選集だけでなく、同氏は趣味(?)で有名作家の作品集も作っておられ、最近では岡田敏氏の「百合の露」が新らしい企画。しんから詰将棋に憑かれた人なのでしょう。
作者「短篇賞は運の要素の強い部門である。拙作が受賞した今期は、運七分、作品価値三分と見ている。拙作のほかに優秀作がいくつもあるのに――意外にして幸運な受賞と心得ている」


中篇賞 北原義治作


第43期北原氏作

北原義治作(49年1月号)
4二角 2二玉 3三角不成 1三玉 2四角不成 2二玉 3三馬 3一玉
4二馬 2二玉 3三飛成 同銀 同角不成 1三玉 2四銀 同歩 同角不成 2二玉
2三歩 同玉 3三馬まで21手詰
塚田九段「この部門では、北原・巨椋の両横綱の勝負となったが、北原作のナラズを織りまぜた巧妙な攻めは名工の芸術品をみるようなもので、これに決定。巨椋作(5月号、持駒桂歩各4枚による二枚金の横ずらし趣向作。35手詰)も典型的な中篇作として完成された出来ばえ。全く紙一重というところ」
本作は、無鑑査作家の北原氏としては軽くつくったものでしょう。初手は4二角打しかなく、3三角から2四角と引くのは必然。このとき成る成らないかは、変化が全くないので、保留したまま手を進めることができます。2二玉と戻ったところで今度は3三馬から4二馬と移動させておくのが次の狙い。これを怠って3三飛成、同銀以下手を進めると2三歩のときに3一玉と落ちて、1二飛が利いてきます。3三角と銀を奪って2四銀、同歩、同角となったところで、2三歩が打歩詰にならないためには、角が成ってはいけないことがやっと判ります。
角不成の効果が収束になって現われる――というのが作者の意図ですが、詰将棋ではそのときになって再び不成に戻すことができる(?)ので、そんなに苦しみません。本作の場合は、むしろ生角と馬の往復運動の軽い趣向的な手順に妙味が感じられます。玉方の守備駒が殆ど動かないのも、かえって面白く、作者の計算の確かさをしのばせます。
作者「詰将棋も中ッくらいなのが最も好きな僕です。この作、描いたもの→その実現にかなりイイ線がでてると思ってます。全然難しくないのも、構想アイデア純粋ストレートに表現できた成果なのかも?いかにも僕の”好み”です」


長篇賞 近藤孝作「かずら橋」


第43期近藤氏作

近藤 孝作(49年4月号)
3三角 4四角合 同角成 同歩 5五角 6五玉 6四と 5五玉 3五飛成 4五銀合
5四と 6五玉 4五龍 同歩 6六歩 同玉(途中Ⓐ図)

途中Ⓐ図(16手目6六同玉まで)
第43期近藤氏作1

途中Ⓐ図以下、6七銀打 6五玉 7六銀 同香 6七香 6六銀合 同香 同玉
6七銀打 6五玉 7六銀 同香 6七香 6六銀合 同香 同玉 6七銀打 6五玉
7六銀 同香 6七香 6六銀合 同香 同玉 6七銀打 6五玉 7六銀 同飛
6七香 6六銀合 同香 同飛(途中Ⓑ図)

途中Ⓑ図(48手目6六同飛まで)
第43期近藤氏作2

途中Ⓑ図以下、7七桂 7四玉 8三銀 7三玉 8五桂 6二玉 5三と 7一玉
8一桂成 同玉 7三桂 7一玉 6一桂成 同玉 7二銀打まで63手詰
見るからに四香はがしの趣向が予想される初形。しかし無造作に5五角、6五玉、6四と、5五玉、3五飛成と手を進めると6四玉で続かなくなります。この変化に備えて、あらかじめ3三角、4四角合、同角成、同歩と4三歩を一段吊り上げておくのが巧みな序奏伏線です(3三角に4四銀合なら、同角成、同歩、6七銀打、6五玉、3五飛成で4五角合の一手となり、同龍、同歩、6六銀、同玉、3三角以下のきれいな変化詰になります)。4四歩となった形なら、5五角以下はじめの手順を進めて3五飛成となったとき6四玉と逃げられないので4五銀合の一手。これを奪って6六玉となったところ(途中Ⓐ図)からいよいよ本題の香はがし趣向が始まります。
まず6七銀と重ねて打って7六銀と香をはがし、再び6七香で銀合をさせ、これを奪いながら6六玉の位置に戻す。以下全く同じ手順で、香→銀の駒交換をはかりながらの香はがし趣向を四回繰り返します。最後は7六飛と上って来るので、6六香には同飛と変ります(途中Ⓑ図)。その後は、8九桂が軽快に四段ばねして、アッサリとした詰上り。趣向手順を成立させていた駒組みを巧く活用した、きれいな収束です。
全般的に難かしいところは殆どありませんが、最初、角の打ちかえ趣向かと思わせて、実は銀合になるという序奏の演出が面白く、粘性の少い駒(角・銀・桂)の特徴をフルに生かした作者お得意の構成は、情緒のある題名と相俟って、解く側にいとも爽快な印象を残します。
作者は徳島の人。本作は、「桂浜」(44年6月号、71手詰、第33期塚田賞受賞)、「大歩危ぼけ」(47年12月号、91手詰)に続く”四国名所シリーズ”の第三弾です。作者はその後も「四国三郎」(49年6月号、55手詰)や、「阿波踊」(49年9月号、67手詰)とこのシリーズを続け、さらに「足摺岬」(50年8月号、83手詰)、「竜河洞」(51年2月号、53手詰)と趣向の名所シリーズは全国にまで拡がりはじめました。ところがどうした訳か、この「竜河洞」のあとは、全く誌上に作品が見られません。入選回数も81回と、岡田敏氏に続く無鑑査作家候補であるだけに、一日も早く入選百回を達成されることを願っているのは筆者だけでしょうか。
作者「塚田賞も何年ぶりですかね。本局、目新らしい趣向ではありませんが、香桂銀の小駒がこれほど活躍するのは珍しいのでは?ただ、序奏は我ながらうまくいきました。収束があっけないと解説者もいわれましたが、これは承知の上。収束を引きのばす手はいくらでもあります。でも、まさか8九にいる桂が6一銀を取るとは思いもよらないでしょう。これが作者のネライですから……」

×   ×   ×

3月号で解説しました第36期塚田賞作品に余詰が発見されました。大阪府高槻市の橋本孝治氏からの通報で、長篇賞の昼間勉氏作の15手目8八金打のところ、7七金と打つと、8八玉とやると7八金引から7九金があり、7七同玉なら早く作意順に入って35手詰となる――というもの。玉方”7九と”を置けば簡単に繕えますが、どうしてこんな易しい早詰が発表当時に見逃がされていたのか、不思議でなりません。あまりに筋のよい趣向手順に誰もが酔わされたからでしょうか。



橋本氏、デビュー(近代将棋昭和54年9月号)直前の余詰指摘でありました。


次回の更新(明日)は雑文を予定しています。
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