私のベスト10 小西逸生(詰将棋パラダイス昭和51年6月号)前編

「塚田賞作品の魅力」は一休みとさせて頂きまして、小西逸生氏の文章を2回に分けて紹介したいと思います。
小西逸生氏は1936(昭和11)年生まれ、2007(平成19)年に亡くなられた作家です。
切れ味鋭い作風で活躍され、入選回数は詰将棋パラダイス237、将棋世界109、近代将棋64を数えます。
受賞歴は塚田賞1回、半期賞5回となっています。
作品集に「紅玉」「青玉」「将棋紫雲英図式」があります。

そんな小西氏ですが、最近の方々の中には作品をあまり知らない人も多いのでは、と勝手に思っています。
一時代を築いた作家を埋もれさせてしまうのは惜しい…というのが、掲載の動機です。
前置きはこのくらいといたしまして、本文に入りたいと思います。
二年ほど前、主幹から「ベスト10を書け」というお達しを受け、作品の選定に掛った。ところが折り悪るく(?)、その頃、山田修司氏のそれが掲載され、超一流レストランの一品料理的作品を見せられた小生は、完全にフルエ上ってしまい、選んだ作品もどこかへ蔵い込んでしまった。
10年前の小生とは違い、詰棋一辺倒とは行かぬ昨今、その事もいつとはなしに忘れていたのであるが、先般身辺整理中に、しまい込んであった原稿が眼につき、フルエ上ったショックも忘れかけたを幸い?、古証文をお目にかける事とした。
ふり返ってみると、小生の作家的活動は、40年で終っているようだ。41年に父が急死(交通事故)し、その年の7月号から当所(国立別府重度障害者センター)での生活が始まると共に、駒を手にする事が日毎に少なくなって行った。その後も年に数局ずつは発表しているものの、目ぼしい作は殆どない(元々目ぼしい作なんてあったか?=九郎)。
その間、パラは着実に歩み続け、顔ぶれもフレッシュになり、若島、上田、内田、加藤の京都四天王などという、些か人間離れした作家も輩出して頼もしい限りである。
唯、中、長篇の分野は前記諸氏その他有能作家で賑っているが、短篇の世界が今一つ冴えないのは淋しい。という処で、場末の素うどん的ベスト10御覧頂こう。

×   ×   ×

第一番


第一番、パラ39年2月号(「短大」前期綜合賞)
1五香、同と、2二銀、1四玉、1三金、同金、同銀成、同玉、23桂成、同龍、
2五桂、同と、1二金、1四玉、23角成、同玉、3三飛、1二玉、32飛成、1三玉、
1二龍、同玉、22角成迄(23手)
小生は、「手筋派」である。大体この傾向を持つ作家は個性に乏しくあまり難しいのは作らない(作る能力が無いという方が正しいかもしれない)。構想派と呼ばれる人達は駒を自からコントロールして作品を仕上げるが、こっちは、駒と駒とが織りなす「ドラマ」の中へ入り込んで行って、その時々の成行きによって作りだすのである。だから、ときには駒から振り廻される事もある。本局の良さはそのドラマの持つ起伏がなめらかに表現出来ている処にあるらしい。
つまり、起は15香~25桂の、と金の往復及び、12金からの収束。伏は22銀~13金にみられる一種の「いやらしさ」である。手数こそ23手で、短篇とはいえないかもしれないが、「毛のはえた短篇」と自分では思っている。


第二番


第二番、パラ39年3月号
3二銀、1四玉、1二飛、1三銀、同飛成、同玉、2二銀、1四玉、1一飛、1三香、
2二銀、同玉、12飛成、同玉、2一銀、1一玉、2三桂、2二玉、32角成迄(19手)
一と握り詰であり乍ら、極めて自然で流れるような手順は気に入っている。気には入っているが、あまり自慢は出来ない。というのが、本局、「創った」のではなく「出来てしまった」のだ。
つまり、苦労して作ったものではないから、何か拾い物でもした心境である。握り詰は、与えられた駒で一局創る…というより、その駒にはどの様な手筋が内蔵されているか…をさぐり当てる方が先決問題である。「歩がもう一枚あればナア」ではいけない事は勿論、各々の駒が絶対的意義を持つよう、構成しなければならない。という事から「こいつは良く出来とるワイ」と、今でも思っている。
但し、上には上があるもので、山中龍雄氏が、この折に長篇趣向局を引っ提げて来られ、コンクールの一位を浚って行かれた事を申し添えておく。


第三番


第三番、パラ39年8月号
1八飛、同玉、3五銀、2八玉、3七龍、同玉、2七馬迄(7手)
数十局にも及ぶ自作七手詰中、やはり本局が最も気に入っている。狙いの35銀は現在でも充分な鮮度を保っていると思う。
長篇趣向大作と違い、浜の真砂ほどもある超短篇で歴史的に生き残るには、余程の幸運と偶然が必要であるが、本局はその資格を持っているようだ。ブーメランの様な35銀に、限りない愛着を感じている。


第四番


第四番、パラ39年10月号(表紙)
3六金、1四玉、12飛成、1三飛、同龍、同桂、2五金、同玉、2四飛、同歩、
3六馬迄(11手)
39年10月といえば、世を上げてのオリンピック景気、高度成長の波に乗って日本中が浮かれていた時期であった。その記念すべき(?)月に、表紙を飾ったのがこれである。
一口に云ってしまえば、型、手順ともに洗練された好作、という処か。各氏にも賞めて頂いたが、自分でも「完成品」と思っている。これ以上つけ加える何物もない。
金打ちから飛合、その金を捌き捨てるまでの流れるような手順はウマク出来ている。
畏友森田正司氏から、35玉、55馬の初型にして46馬、25玉を加えては?と云われたが、36金が俗手なので、46馬がアクセントの意味をなさないような気がする。


第五番


第五番、パラ40年10月号
1六角、同歩、4二飛、3三玉、1五角、同飛、43角成、同玉、3四銀迄(9手)
解くとなれば、かなり難解であろうが、同人室へ発表したため、その辺り詳しい事は判らない。
手品のタネは単純なもので、唯15飛をひとつ持ち上げるだけなのだが、16角の限定打とウマク絡み合って、想像以上に難しいらしい。
前局と違って、強引にコネ上げて作った故か、何処かで何かが引掛っている感じは今だに残っている。
ひとつは使用駒の多さであろうし、自分の脳裏に「無理やり」という意識がこびりついている故もある。
勿論、人様からほめられて悪い気持である筈はないが、こういう感情が残っていては本当に「良い作品」とはいえないのかもしれない。



第二番に余詰があるようだと書いてしまいましたが、誤りでした。
お詫び申し上げます。
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No title

第二番は1三香合が作意なので完全作と思いますが。

EOGさんへ

コメントありがとうございます。

検討では10手目1三香合のところ、1三飛合となっていることを見逃しておりました。
ご指摘ありがとうございます、誤指摘は削除いたしました。
以後気を付けます。

鳥九;京都四天王;綜合賞

(1)「=九郎」とあるのは、鳥越九郎氏を指すのでしょうが、なぜ此処で唐突に氏の発言が登場するのでしょうか。
 ・原稿を氏に読んでもらった際の書き込みを、小西氏(あるいは編集者)が採ったもの?
 ・氏の日頃の発言を文中に引用する習慣が、小西氏(たち)に存在した?

(2)「若島、上田、内田、加藤の京都四天王などという、些か人間離れした作家も輩出して」とあります。「京都三羽烏」=上田吉一・若島正・伊藤果なら、よく目にする(例えば「塚田賞作品の魅力(23)」2014/02/20;「らんぶるの時代・第1回」パラ2015.11)のですが。残りの二人は内田昭、加藤徹の両氏でしょうか。
この5氏のT-Base初登場を挙げておきます(いずれも詰パラ)―
 作者名 年月  手 コーナー
 若島正 1966.04 5 幼稚園
 破天荒 1967.07 7 必至室
 上田吉一1968.07 71 大学院
 内田昭 1968.12 3 頭の体操
 加藤徹 1970.05 45 サロン
―「三羽烏」では上田氏が一番遅かった、というのはちょっと意外でした。

(3)第一番、パラ39年2月号に"「短大」前期綜合賞"とあるのは、「半期賞」とどういう関係にある賞でしょうか?
T-Baseでは、キーワード「綜合賞」には何もヒットしません。

(続く)

(#2:今泉京華氏の正体?)

「京都(大学)つながり」ということで。
どう転んでも間抜けな結末(そんなことも知らなかったの? or そんな訳ないジャン)にしか到達しない質問、いわゆる「愚問」ですが――
(4)『夢の車輪』p.109に「今泉桂花」という名義の短評が引用されているのですが、
  今泉京華(きょうか? けいか?)=今泉桂花=村田桂花=石黒誠一
という等式が成立する、ということでしょうか。
私のイメージとしては、この2人が同一人物として結びつかないのですが…。その理由となるような資料を3点―

[資料1]
「過去」武井尉一氏作 (…)作者も解答者に挑戦の弁を述べている。正解者の反応も様々で今泉京華氏が「全体にそれほど難しいところはなく平易な流れ」と言ってのけたのには驚いた。それもその筈、今川氏と共に前年度のチャンピオンだった。
 (野口賢治「忘れられない大学院作品」パラ2008.07リレー随筆)
 注:「過去」は2002年2月号・院4

[資料2]
ある日、菊田、筒井、平田、石黒で話していた。
菊田「俺も解くの遅いけど、お前ら本当に遅いなあ」
3人「菊田さん、誰と比べて遅いんですか?」
菊田「康平とか若島さん」
 (石黒誠一「いくつかの場面」、『流星雨』所収)

(続く)

(#3:パラ賞;鶴田賞)

[資料3]
I黒は考えた。T井さんに勝ったので悔いはない。
 (風みどり「第12回詰将棋解答選手権チャンピオン戦報告」パラ2015.05)
 注:成績表(30位まで)に名前はない。

―要するに、「今泉京華氏の方が石黒誠一氏より解図力が上」に見えるわけです。

「綜合賞つながり」の質問を…と思いきや―
(5)T-Baseには旧パラ1951.11・23頁「パラ賞」として、
 ①大久保善人33手
 ②谷向奇道 23手
 ③山田修司 107手「銀迷路」
 ④高木秀次 75手
が掲出されていますが、T-Baseでは ・いずれの作品もここが初出
 ・「パラ賞」という記事は余所にはない。
というわけで、コンクールの類でしょうか、よく分からない「賞」です。

なので、「お口直し」の質問―
(6)『一番星』p.77に、平成7年度の鶴田賞大賞を波崎黒生氏が受賞し、その文筆部門で安江久男氏が受賞した、という記述があります。引用されている参考記事からは、特定の作品よりも人物を対象にした賞のよう(「詰将棋の普及にも一役買った」)です。どんな賞で、どういう部門があったのでしょうか?

谷川さん

#1
(短文=人名)は鳥越九郎氏の文章に見られた形で、そのパロディだったのではないかと思います。

京都グループは元々三人で、伊藤氏が東京へ行かれ、加藤・内田両氏が加わったというぐらいの知識です。

綜合賞というのは、半期賞のことではないでしょうか。
どうやら、発表先は高等学校が正しいようです。


#2
恐らくですが、同一人物だと思われます。
石黒氏の解図力ですが、司会をされていた一昨年の詰将棋全国大会、ミニ解答競技で片鱗を覗かせていたように感じました。
チャンピオン戦の成績に関しては、「詰将棋解答選手権2015」や「詰将棋解答選手権 速報ブログ」で見ることができますね。


#3
パラ賞に関しましては、分かりません。

鶴田賞ですが、「詰将棋の会合 香龍会」に「鶴田賞」という記事がありますので、紹介させて頂きます(http://blog.goo.ne.jp/tumesyougikaigou-kouryuukai/e/172057729116bd55527a6ab218fbfa26)。
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