塚田賞作品の魅力(13)(近代将棋昭和53年7月号)①

森田銀杏氏の連載「塚田賞作品の魅力」、第12回も2つに分けて掲載します。
今回は第22期の受賞作5作の内、3作を掲載します。
柏川・山田両氏の連続受賞

第22期塚田賞受賞作者
短篇賞 酒井克彦
中篇賞 柏川悦夫
長篇賞 山田修司
新人賞 酒井隆雄
特別賞 駒場和男
昭和38年7~12月号

前期に続いて、北海道の柏川、山田の両氏がコンビで連続受賞。とくに山田修司氏は、カムバック後、三期連続の受賞で、これは塚田賞始まって以来の快挙です。
また、植田尚宏氏が9月号で入選百回を達成しました。昭和28年7月号が初入選ですから、毎年10題という驚異的なペースで、前年の北原義治氏に次ぐ偉業といえます。作品は短篇一本槍で、そのセンス溢れる軽快な作風は”植田流”と呼ばれて、広く親しまれたものです。10月号には、その百局選「流玉」が別冊付録となりました。
この年、編集部に入られた森敏宏氏が、7月号から「詰棋の粋」として選外になった短篇のうちから好作を6作づつ紹介し、これも塚田賞の対象となりました。


短篇賞 酒井克彦作


第22期酒井克彦氏作

酒井克彦作(38年9月号)
2四銀 同歩 1四金 同玉 2三銀 2五玉 3七桂 同と 3四竜 1五玉
4五竜 同馬 2六金まで13手詰
塚田九段「候補作品の中では酒井氏作のほか、11月号の柏川氏作(13手詰)と山中氏作(15手詰)が印象に残った。そのうち酒井氏の4五竜に新鮮味があり、形も悪くないのでこれに決定」
馬の利き筋を移動させるための3四竜から4五竜の押し売りが本局の主眼。とくに4五竜は収束に現われる”ソッポ行き”なので、変った味がします。序奏は2三銀をセットして包囲駒にするというありふれた手順ですがそのとき可能であった1四金打が、3七桂でと金を移動させてからは、角筋が通って打てなくなる――ということを見落させる効果をもたらしています。このために3四竜、同馬、2六金まで11手詰という解答が続出。作者の意図しないトリック作品となりました。
この受賞で発奮した作者は、その後、中合や不成を含む意外性を主題にした構想的短篇の分野で、数々の傑作を残し、一時代を画す作家に大成されました。
作者「塚田賞を一度は……という念願は創作初期から抱き続けて来ましたが、本作が受賞するとは全く意外でした。たぶん初形の良さと収束における4五竜が受賞の対象になったのだろうと思います」


中篇賞 柏川悦夫作


第22期柏川氏作

柏川悦夫作(38年12月号)
3三角 2四香合 1六歩 同玉 1七歩 同玉 4四角成 1六玉 3四馬 1七玉
3五馬 1六玉 1七金 1五玉 2四馬 同飛 1六香まで17手詰
塚田九段「中篇は柏川氏作がきわだっており、文句なしに決定。この作品は珍形である上に、一手一手に微妙な変化があり、すきのない手順に感服させられた」
2筋に攻守の飛車が対峙しただけの簡潔な初形。このような珍形作品は、誰もが詰めてみようか、という気を起させるもので、この解図慾をそそるところが値打です。しかも本作はミニ馬鋸というシャレた手が入っておりその一手ごとに軽い変化を伴っているところに味わい深いものがあります。
作者はこの年、山田修司氏の名解説になる立派な作品集「駒と人生」を出され、塚田賞の連続受賞と併せて、詰棋生活における最良の年であったことでしょう。
作者「この作品はあくまで形を重視した作品ですが、その割には無理もなく、どちらかといえば軽い短篇のような味にまとまった点満足しておりました。またまた山田さんと同時受賞とは嬉しい次第です」


長篇賞 山田修司作


第22期山田氏作

山田修司作(38年11月号)
8七銀打 同と 同銀 8八玉 9七角 同玉 9六金 8七玉 1七飛Ⓐ 2七桂
同飛 3七桂 同飛 4七桂 同飛 5七桂 同飛 同歩成 9七馬 7六玉
8六金 6六玉 7八桂 6五玉 7五金 同金 7七桂 6四玉 7五馬 同玉
8七桂 6四玉 7六桂 5三玉Ⓑ 5二金 6三玉 6四歩 7四玉 8六桂 8三玉
8四歩 8二玉 8三歩成 同玉 7五桂 8二玉 8三歩 8一玉 9二香成 同玉
9三歩成 同玉 8五桂 9二玉 8四桂 8一玉 8二歩成 同玉 7四桂 8一玉
9三桂 9一玉 8三桂まで63手詰
塚田九段「長篇は山田氏作と駒場氏作。どちらも大変な作品で、甲乙つけにくいところだが、山田氏作には新手筋がふくまれており、オリジナルな点でややまさっているので、これに決定。三期連続は、実力がある以上致しかたない」
大道棋の香歩問題における二段中合はよく知られていますが、この頃、これが普通作品のテーマとしてもとり入れられるようになりました。そうすると次の達成目標は三段中合です。新らしいものを追求する作家連は日夜これに挑戦していました。
この史上初の三段中合を実現したのが本作です。即ち、9手目1七飛(途中Ⓐ図)に対する桂の連続合駒がそれです。

途中Ⓐ図(9手目1七飛まで)
第22期山田氏作1

他の合駒あるいは他の場所への合駒なら、8六馬、9八玉、9七馬、8九玉、1九飛となって最下段の合駒(この場合は飛角銀)を余儀なくされるので、それを防ぐためにはつねに飛車に接する桂合しかないのです。この単一の目的で三段中合が成立するというのが素晴らしい発明。まさに新プロットです。
しかし、この構想を単なる記録作品として扱っていないところが、作者の偉大さです。即ち、四桂連続合を第一趣向とし、この四桂を盤面に並べて(途中Ⓑ図)、

途中Ⓑ図(34手目5三玉まで)
第22期山田氏作2

第二趣向の四桂詰に移る訳で、これこそ構想と趣向を融合させた新機軸です。山田氏の後期を代表する傑作といえましょう。
作者「四桂詰は詰棋作家の一つのあこがれでもありますが、古来”死刑の宣告”や岡田秋葭の”新四桂詰”など傑作があり、今更発表に値いする作品は作れないとあきらめていたのですが、偶然、桂中合筋に結びつけることを着想し、どうやら発表できる程度に作品を仕上げることができました。ともかく今回の受賞は私にとって前二期に引続いての度重なる幸運で、作者冥利に尽きる思いです」



酒井氏作は「からくり箱」第10番、柏川氏作は「詰将棋半世紀」盤上流転第9番。山田氏作は「夢の華」第42番(「新四桂詰」と命名)にそれぞれ収録されています。
柏川氏作は看寿賞も受賞しています。

山田氏の受賞コメントで触れられていた2作品を掲げます。
まずは、「死刑の宣告」です。


第22期参考死刑の宣告

そして、岡田秋葭氏作「新四桂詰」(将棋月報昭和18年4月号)です。


第22期参考岡田氏作


植田氏の決定版となる作品集が見たいのは、私だけではないと思います。
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三人の香悦

T-Baseで「詰棋の粋」(1963.7-1964.6、2・5月号は休載;全60題)を見ていたら、
 [1]住友香悦7手・近将1963.09「詰棋の粋」
 [2]住友香悦9手・近将1963.12「詰棋の粋」
というエントリーが目に入りました。「もしや」と思い、同一図を検索してみたところ、「柏川悦夫」名義で再出していました。図と共に紹介―
 [1a]柏川悦夫7手・詰パラ1966.07詰将棋楽園
 [1b]柏川悦夫7手・詰パラ1978.03サロン
 攻方:24角31と54角
 受方:12玉21桂
 持駒:飛香

―更に、T-Baseでは、「香悦」という作者名として、
 [3]北香悦13手・近将1968.11鑑賞室
 [4]北香悦33手・近将1968.12研究室
 [5]北香悦19手・近将1969.02研究室
もあります。柏川氏は北海道の人ですので、こちらも氏の棋名のような気が…。
[3]は再掲されていますので、これも図面とともに紹介しておきます―
 [3a]北香悦13手・近将1988.08「なつかしの好短編54」
 攻方:15香25角41角42と
 受方:11香23玉32金34歩53歩
 持駒:飛
―なお、「なつかしの好短編」は近将1988.1~12で計100作を紹介したもの。

ちなみに、「柏川香悦」名義の初出は、近将・将世の1979年8月号です。

(追補#1)

(1)このコメントにおける疑問・関心の所在について
「住友香悦」名については、なぜ「住友」という姓を用いたのか。変名選定の動機は、本人以外には分からない/知らないという場合が多いのですが、旧財閥(系企業)の名前であり、通常は避ける命名かと思われます。実際、T-Baseに「住友」の二文字が現れるのは、この2ヶ所のみです。
「北香悦」氏については、[3][3a]のいずれかで解説・執筆者がこの変名の主について暴露しているのでは、と期待しています。

(2)「なつかしの好短編」について
初出は、近将に限定されず将世・詰パラにもまたがり、時系列で登場します。1番の1964.4から99番の1970.12までは時間的空隙がないのですが、100番のみ近将1978.5と離隔しています。
この「特別扱いの好短編」を紹介しておきます―
 [2b]谷口均9手・近将1988.12「原出典:近将S53・5」
 攻方:37銀38金65銀69香77銀
 受方:43飛49銀56桂57玉67桂
 持駒:飛角角
―なお、T-Baseから窺えるこの図の来由は―
 [1] 谷口均9手・余詰・近将1978.5鑑賞室
 [2a]谷口均9手・近将1982.10「私のベスト5」
―[2a]が[1]の修正図でしょうか。[2b]はその再掲です。
(続く)

(追補#2:妄想・広沢芳香)

(3)2015/11/05の記事に対するコメント・スレッドの続きですが、あまりに下らない内容なので、ここに押込んでおくことにします―

広沢芳香氏の住所は北海道との情報、ありがとうございます。ならば、この変名は
  大友芳己(山田修司)、柏川香悦(悦夫)
という御大お二人の名前から1文字ずつ取ったと見られます。
合作棋名と考えると、
  2つの作品が、内容的にも時期的にも隔絶している
  (11手・将世1977.9 vs 889手・近将1995.4)
という広沢作品に関する最大の謎が説明し易いように思います。つまり、(ネタがかぶった、といった)偶然生じた合作の契機により作品が生まれた、と考えるのです。
勿論、お二人が本当に合作した、というのが一番面白い空想ですね。
ちなみに、T-Baseで山田・柏川両氏の名前が登場するエントリーは、
  山田修司「死と乙女」71手・近将1965.2「柏川氏のことなど」
の1件だけです。

せっかくですので、広沢氏の短編の図面を出しておきます―
 広沢芳香11手・将世1977.9詰将棋サロン
 攻方:53角
 受方:11香21桂31香22玉23歩33歩43歩14歩46と
 持駒:飛角金

(追補の追補)

(2a)「なつかしの好短篇」(T-Baseでは篇→編と常用漢字により書換)は、谷口氏自身が選題・解説されていたのですね。
2013/10/01と10/05の記事に書かれているのを失念していました。ただ、
 「1~6月号には、谷口均氏が十年間に集めた好きな作品百題の中から選び抜いた五十作の紹介を「なつかしの好短篇」と題して連載し」
 「3(ママ)~12月号に続編の五十作が掲載されました」
という森田銀杏氏の記述が正確なのかな、と気になりました。T-Baseでの並び順からは、「最初から99+1題掲載する」という意図だったように感じられましたので。
とにかく、「100番の図を紹介して損した」とは申せませんが。

(3a)
  大友芳己
  柏川香悦
とタテに並べた方がよかったですね。
すると、「大⇒広、川⇒沢」というこじつけもやってみたくなります。
なお、「柏川香悦」名義の初出が1979.8、「広沢芳香作11手」は1977.9の発表ですので、厳密に言うとanachronismということになるのですが、適宜「柏川香悦⇒住友香悦(または北香悦)」と読み換えて下さい。
こじつけついでに、11手、889手、1011手(参考図の「古時計」)という手数も意図的?

谷川さん

柏川氏の別名義については、EOG氏のブログ「someone like you」の柏川悦夫のペンネーム(http://eog10.blog.fc2.com/blog-entry-41.html)が興味深いかと思います。
現在は手元にない「詰将棋半世紀」に、書かれていたかは記憶が定かではありません。
住友については、第26期塚田賞の記事(1966年2月号)の住所に(住友方)とあります。
ちなみに柏川氏は北海道のご出身ですが、1966年に埼玉県に移住されていますね。北名義で発表されていた時は、既に北海道の人ではないことになります。残念ながら、この頃の結果稿は持っておりません。

「なつかしの好短篇」は、谷口均氏が1964年頃から十年近く続けておられた詰将棋収集ノート(約400作)から、好局を選び出して紹介したものですね(森田氏の文章と重なりますが)。
8月号に、要約しますと「50作を紹介しキリがいいかと考えていたところで編集長からの電話があり、続けることにした」と書かれています。
なお、「3~12月号」は、原表記もそうなっております。

柏川・山田氏ともに合作や双玉、超長編のイメージはありませんね…。
出題されたのは「古時計Ⅱ」のみで、「古時計」は結果発表時に図面だけ紹介されています。
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